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〜忘却と再構築〜 21
「………」
我が輩には、ヤコがわからない…
あの表情は何だ?
このことばに、何か意味があるのか…?
ことばには意味なぞないのかもしれん。母親や友人から、我々の関係を耳にしているのだから、我が輩ならばヤコの食の好みを知っていると判断したに相違ない筈。
だが、浮かべる表情が意味するものは解らない。ことがことだけに、相手が相手なだけに、無闇に気にかかる…
それは極めて煩わしいことに違いない筈であるのだが…
我が輩は今、何ひとつ問いただせはしないのだ。
「…先生は、どのようなものであれ、それはそれは喜ばれて、美味しそうに召し上がっておられましたが…」
「そう…ですか…」
「お腹が空かれたのならば、我が…僕がまた、昨日のように適当に見つくろって買って参りますが?」
「………」
黙ったままのヤコは、何を思うのか……
「…少しの間、『アカネ』と待っていて下さい、先生…」
我が輩は、やおらヤコに手をのべる。髪に触れる。
ヤコはほんの一瞬身体をびくつかせたが、ゆっくりとこちらに顔を向けた。
「…うん」
「とにかくお召し上がりにならなければ、何にもなりませんからね」
「うん…」
ヤコは、躊躇いがちに頷くのみだった。
そのさまに、突き上げるかのような衝動を、不覚にも覚えてしまう。
これは…
ヤコであって
ヤコではないのに……
体の機能だけは元に戻りつつあるか、我が輩が病院の売店から調達してきてやった弁当やら菓子やらの食い物に、ヤコは目を輝かせた。
食す勢いが、幾分か劣る気はされるのだが。
「おいしいです」
明るい声が漏れる。食す間を縫って。
「それは良かった。ここのところ先生は、あまりにも食が細くていらして、お母様が心配してらっしゃいましたから」
我が輩は恐らく、笑んでいたのだろう。ヤコは我が輩を見、そして少しばかり笑う。
「前の私って、そんなにいっぱい食べてたんですか?」
「ええ、それはもう」
「ふーん…
ネウロさんは、食べないんですか?」
「今は結構です。
けれど先生が退院されたら、またお付き合い頂きますよ」
「……?」
「これまでの穴埋めも兼ねて」
わざと存分に含みを込めた言い方をしてやる。ヤコは嫌がるかと思いきや、小首を傾げていた。
「ネウロさんは、1人ではごはん食べないの?」
「ええ」
「今は、1人で食べるの?」
「そう思って下されば」
「………」
ヤコには我が輩の言う意味は解らないだろう。ヤコの態度が不明瞭であるのと同じように。
大人げないが…
含みを持たせた言葉…あくまでも真実なのだが…を聞かせ、少々苛めてみたくなったのだ。
そうこうしてゆくうちに、看護士がやってくる。
「桂木弥子さん、お時間ですから、診察室に来て下さいね」
その時、ヤコはベッド上でアカネと戯れていた。
「…なにをするのかな」
ふと手を止め、不安げに呟くヤコは、やはり事故のことを何ひとつ覚えてはいないのか…
「先生のお怪我が順調によくなられているので、その処置ですよ」
「けが…かぁ…」
何気なく腕を見、頭に触れている。
「診察室の前まで僕が付いてゆきますし、終わるまで待っておりますよ」
「そか」
ヤコはあっさり…だが安心したように言った。
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