[携帯モード] [URL送信]

main storyU
〜忘却と再構築〜 20

「おはようございます。
 はい、僕ですよ、先生。
 …まだ夢の中におられるようですが、いいかげん起きて頂かないと…」
「おかあさんは、お仕事?」
「はい」


 そのようなやりとりを経て、ヤコはともかくも起き上がり、枕を背にもたれかけ、
「あかねちゃんも、おはよう」
 当たり前のように手を差し伸べた。


 我が輩は、思わず知らず、溜息。そうして、手の中の携帯…アカネを、ヤコに預ける。

 一瞬触れた手の甲の感触に…慣れ親しんだヤコの温もりを、認めた。

 だが、考えないことに…思考には残さないことに、する。



 アカネは、最早遠慮も何もない。ヤコに懐きすり寄る仕草を隠しもしない。
 ヤコもまた、嬉しそうにくすぐったそうに、笑って受け入れて、いる……


 アカネが生きていることを、ありのまま容認しているとしか思えない。

 ヤコならば有り得ようが…

 だが、これは……




 気が付けば、ヤコがこちらを見上げていた。

 我が輩は元々、表情から感情を読み取ることは不得手であるのだが……

 不可思議な…我が輩が気にかけずにはいられない表情をしていた。


 違う

 ヤコは我が輩に、何かを語りかけている。何かを問いかけているのだ。

 我が輩がそのようなこと…まして今のヤコの思考なぞ…読み取れる筈がないというのに…

 そしてまた、我が輩がそれに対し無関心でいられぬなぞ…
 ヤコが知る筈はない、のに……


 何故…
 何を…

 この『ヤコ』は……





「今日は、抜糸と検査があるそうです。経過が順調ならば、先生は退院の許可が下りるそうですよ」
「………」

 我が輩が口を開くと、ヤコは下を向いてしまう。


「ですから」
 我が輩は、洗面器の湯に浸したタオルを絞り、ヤコに近付いた。

 それを、予告無しに顔面にあてがってやる。

「あっ!あっつい!!」
「…ですから、寝起きの、あまりに情けないお顔を、医師などに晒す訳にはいきますまい」

 ヤコはじたばたと暴れる。
 不思議と、気分が晴れてゆく心地を覚える。


 そして、これまた不思議と…
 間違いなく、更に拒絶するかと思われたヤコは…しばしすると、ごしごし顔を拭く我が輩の行為を受け入れるが如く、おとなしくなったのだ……


「さ、綺麗になりました」
「………」
 赤い顔をしながら、ヤコはこちらをまた見上げる。

 その表情が、非常に好ましく映って見えてしまうのは、何かの錯覚だ……




「お食事はどうなさいますか?
 何か食べたいものなどは?」

 洗面器やタオルを片付けながら、我が輩は訊く。


 アカネが、ヤコの掌から零れた髪束が、ゆらゆらと揺れている。

 何か云いたいのか
 何を云い伝えたいのか……




「…ねぇ、ネウロさんて、実は乱暴なのかなぁ? あかねちゃん?」

 我が輩の問いは素通りし、ヤコはアカネに問いかけた。

 突然の問いに、アカネは当然戸惑ってしまったようだ。揺れていた髪束が妙な振れ方となった。


 ヤコは、不可解な笑みを浮かべ、
「…ネウロさんは、私が何が好きだったか、覚えてますか?
 私、それが食べたいです」

 そう、言った。








[*前P][次P#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!