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〜忘却と再構築〜 17

 我が輩の問いに対し、携帯の画面の文字は…ゆっくりと打ち出される。

『行きます。連れて行って下さい』

 と…


「何故だ?」
 判るような、解らぬような答えに、我が輩は問い返した。


『だって、弥子ちゃんは私を可愛いと言ってくれたもの。行かなかったら、弥子ちゃん、きっと寂しがりますから』

「………」




 侘びしい思いをしながらも、あの小娘に執着する我々とは…

 さぞかし滑稽なのではなかろうか……







 それからどれだけ時間が経ったのか、事務所の電話が鳴る。



「はい…」
『…あぁ、やっと出た。
 そちら…』

 聞き覚えのある声ではあったが…まるで違う、男の声。

 ヤコの母親ならば、携帯に直接かかってくる筈であったな…

 などと思い、
「笹塚刑事ではないですか。
 こんにちは」
 いくばくかの脱力感と面倒臭さを覚え、我が輩は電話の相手が名乗り出る前に、その名を口にした。

『…あぁ、こんにちは。
 いつかけても留守電だったから、正直焦ったよ』
「それは申し訳ありません。少々取り込んでおりまして…」
 我が輩の言葉に、笹塚刑事は訳知り声に返す。
『だろうね…』

「…はい?」
『いやさ、一昨日の轢き逃げ事件の被害者が弥子ちゃんだったって、昨日聞いて。管轄外だから仕方ないんだろうけど、とにかく驚いて。気になって電話したってワケなんだけどさ…』
「それは、わざわざありがとうございます。
 ですが、調書などの件でしたら、昨日、主治医や先生のお母様がお受けになられている筈ですが」
『…や、そーだろーけど…俺はそっちはノータッチだから』
「では、どのようなご用件なのでしょう?」

 普段の愛想の欠片もない声音であり口振りであることは自覚しているが、今は用件だけを早く切り上げ、電話を切ってしまいたい。
 余計ことなど…話したくはない気分なのだ。

 それが、電話越しながらも直球に伝わったものか、笹塚刑事はバツの悪そうな声音で、
『弥子ちゃんが、今、どうしてんのか知りたくてね。
 出来れば見舞いに行きたいから、入院さ…』
「先生のお母様は…このことはあまり、おおごとになさりなくないおつもりでおられるようでして…」

 耳障りな声を、言葉を…我が輩は追い被せ遮った。

 そのようなことを笹塚刑事が言い出すだろうとは、電話を受けた時点で十分過ぎる程に予測出来、そして案の定口にした言葉、を……


『……あー…わかるね…
 でも、だから何?』

「先生のご病状が安定なさるまでは…という、先生のお母様のお考えがございますので…僕の一存でお知らせする訳にはいかないのです」
『…病状…?』

「いろいろございまして…」
『あ…そう……』
「お役に立てず申し訳ございません」
『いや……
 じゃ、お大事にって伝えといて。落ち着いた頃にでも、顔出すことにするよ』
「先生も喜びます…」


 電話を、切る。





 しばしの後、思わず短い溜息を。


『今の弥子ちゃんを、他の人に会わせたくないんですか?』

 携帯のディスプレイに打ち込まれる、アカネの言葉。


「……これ以上の厄介事は、ごめんなのでな」

『そうですね』




 そう…
 厄介事は、ごめんだ。








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