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〜忘却と再構築〜 14

「…では、何か欲しくなったなら、遠慮なく仰ってください、先生」

「うん…はい…
 ありがとう…ございます」
 存外に、素直な返事が返ってくる。

 見ると、表現のし難い…

 以前のヤコが我が輩の何がしかの所作に対し、照れているときに浮かべたものと、よく似た表情を浮かべていた。

 気のせいか、ヤコの声音、口調などが、昨日と少々異なるような気がされるのだが……




 我が輩は立ち上がり窓辺へ。カーテンと窓を開けると、薄暗かった病室内に陽が射し、空間の様子が一変した。

 ヤコは眩しそうに片目を眇める。そして、
「ネウロさん、ちょっと寒いです」
 身を縮こまらせて訴えた。

「換気ですから、少し辛抱して下さいね」
「…うん」


 一瞬…
 全く、我が輩はいったい何をしているのやらと思ったものだったが、まぁ、悪くはない傾向か……



 ヤコは寒そうにしながらも、ふと横を見やり、

「…これ、なんですか?」

 いかにも興味津々といった声音で、我が輩に問いかける。

「それは、僕の携帯ですよ」

「けいたい?」
 小首を傾げるヤコ。


 …ヤコの記憶喪失の症状が、どの程度の範囲に及ぶのか…我が輩には判らんが。
 会話などは子供相手のようだが成立する反面、現代の一般的知識が欠如しているような気がされる。


「先生と僕の仕事に不可欠なものです」

 ひとまず、それだけ言ってやった。


 当たらずとも遠からず、ではあるが。

 我が輩とヤコを繋ぐツールのひとつには違いないのだから。


「しごと……
 昨日、かなえちゃんも言ってたっけ」
「ほう? 何と言っておられたのですか、先生のご友人は?」

「私は、ネウロさんと一緒にたんていじむしょをやってるんだよって」
「はい、その通りですよ」
「そっか」

 他人ごとのように口にしてくれるな。憎らしいではないか…


「ふたりで様々な事件を解決してきたものですが…先生がまるで覚えておられないとは、僕としましては悲しく遺憾としか申せませんね」

 吐いたことば…それは、本音なのか、取り繕いでしかないのか…自分でもわからない。
 ただ、ヤコは自分が責められたと受け取ったらしく、
「う…ん…
 ごめんなさい…」
 俯いて、謝るのだ。
 まるで子供のように……

「謝ることなどありませんよ、先生」

 そう言いつつヤコの傍に再び歩み寄った我が輩は、思わず手をのばし髪に触れる。指先だけを、触れさせる。

「……!!」
 ヤコは、あからさまにびくつき、飛びすさるように我が輩の掌から身体ごと逃れた。


 避けられた掌を眺めつつ、

―しまった…―

 そう思う。

 ヤコが昨日に比べ、格段に我が輩に慣れつつあるらしいことに安堵しすぎたか。
 つい、いつもの癖が出かけてしまったのだ……



「先生を驚かせてしまったようですね、申し訳ありません」
 我が輩は…仕方なく、そう言ってやる。



「そういえば…かなえちゃん、言ってたな」
「そういえば…?」

 ヤコは、言いかけたものの首を振り、
「ううん、私にはよくわかんないから、これはいいんだ。
 今日、かなえちゃん、その資料を持ってきてくれるって言ってたし」
 訳のわからないことを言い、微笑んだ。


 何を聞いたというのやら……






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あきゅろす。
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