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〜忘却と再構築〜 13

 僅かではあったが、深い眠りを得られたと思う……


 何かが揺れ動くような感覚を覚え、我が輩は目を覚ました。


 ヤコはまだ、眠っている。
 アカネは、髪束を立ち上げヤコを見つめている。

 …ずっと眺めていたというのか…

 少々呆れたものだが。


「う…ん」

 小さな声を漏らし、ヤコが今にも目覚めそうな様子を見せると、アカネが慌てて、サイドボードの机面に髪束を伏せた。

 揺らぎ、我が輩を目覚めさせたのは、今にも目覚めそうなヤコの意識であったのか…



「おはようございます、先生。
 ご気分はいかがですか?」


 目を覚ましたヤコに我が輩は声を掛ける。

「え…ネウロさん…?」
 慌ててヤコは起き上がった。


「何で…いるの?」

 あからさまに驚いた顔。そしてまたも『ネウロさん』と我が輩を呼ばわるヤコ。
 だが、知らぬふりをする。
 ざわざわとざわめく胸の内すら、我が輩は無視して。


「いくらなんでも朝一番のご挨拶がそれとは…僕は助手として情けなく思います」



 アカネがいるとはいえ…

 ふたりきりのときに、このような口調を用いることには、この我が輩、慣れていないというのに……



―遠い…―

 そう、思う。


 我が輩は、ベッドにイスを寄せ、座っている。
 ヤコの傍に…淡く体温が伝わる程に、物理的距離は近く在る筈であるのに……



 今、我が輩は、素の口調では喋れん。
 いつものように、気軽には触れられん。

 その他大勢と同じ態度で接することを、余儀無くされる……

 ただそれだけであるのに。遠い何かを感じてやまず、紛らわしきれない苛立たしさを覚えるのだ。







 ヤコがヤコではない。

 ヤコは…
 本来のヤコの『魂』は、『記憶』は…
 遠く何処へ行き、何処を彷徨うのか……

 それとも

 この『ヤコ』の中に封じ込まれ、雁字搦めとなっているに過ぎないのか……


「『何でいるの』とは…お母様に聞いておられませんか?
 お母様がお仕事の間は、僕が先生のお世話をするのです。助手として、当然のことですからね」
「そ、いえば、聞いた気がします」
「それで、ご挨拶は?」



「おはようございます……」

 ヤコは、ようようといった風情で、挨拶を口にする。



 まるで子供を相手にしているようだ。ヤコは元々子供のようだが、それにも増して…


「よくお眠りになれたようで何よりでした。
 食事はどうなさいますか?
 欲しいものがありましたら、僕に何なりと仰ってください」
 我が輩は言う。意識して優しげな口調で、いつか口にした記憶のある、我が輩らしくない言葉を。


「う…ううん。起きたばっかりだから、まだあんまり…」
 ヤコの戸惑いつつの返答。

「………」
 それは、あまりにも…らしくないものであった。



 やはり、これはヤコであってヤコでないのだと…

 我が輩の中の認識を強めただけであったのだが……



 とうに点滴は外されているというのに、あまり食事をとっていないのだと、母親が言っていた。
 頭を強打した影響は、このようなところにまで及ぶものなのか。
 ヤコではないヤコなのだから致し方ないのだと、納得してゆくしかないのだろうか……








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