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〜忘却と再構築〜 19
―四日目…―
事前に聞いていた母親の出勤時間に合わせて病院に向かってみれば…
ヤコはやはり、まだ眠っていた。
「おはようございます」
「おはよう、ネウロ君。
今日は抜糸とか検査があるのに、ヤコについていてやれないからって、ご好意に甘えてばかりいてごめんなさいね」
挨拶もそこそこに、ヤコの母親は心底申し訳なさそうに言った。
事情として致し方ないのだから、今更そのような面倒臭いことを言われても、辟易させられるだけなのだが。
人間とは…
殊に、この日本という国に生きる者共とは、そのように面倒事を意識させるようなことを、わざわざ口にする。
そして、それを否定されることを、無意識にでも望むのだ…
だから我が輩も、
「そんな、お気になさらずに」
面倒臭い流儀に合わせ、無難に受け答えざるを得なくなる。
全く以て、煩わしいやりとりではないか。
「ネウロ君にもお仕事あるのにね」
くどくどと言い募る母親もまた、疲れているのだ…
そう、思うことにした。
「先生がおられてこその事務所ですから…」
「…弥子は幸せ者ですね」
我が輩の誤魔化し混じりの言葉を真に受け、ヤコの母親はしみじみと呟く。だが我が輩は受け答えも億劫になり、今だ目覚めぬヤコに視線を転ずる。
…と、ベッドの脇のサイドボードに、昨日はなかった幾つかの小冊子が積み上げられているのが目に留まった。
「ああ、それ…
昨日叶絵ちゃんが持ってきてくれたのよ。暇つぶしに丁度いいものね」
「………」
それらは見たところ、いわゆる『少女漫画』と呼ばれるたぐいのものらしかった。
そういえば昨日、ヤコは友人に何かを聞かされたが、ヤコには意味が解らなかった…云々言っていたか。
これがその資料だというならば、ヤコの友人は一体何を話したというのやら……
「ゆうべはずいぶん遅くまで熱心に読んでたから、まだ起きられないのよ」
「仕方のない方ですね…」
「本当にね。
それじゃあ、私は行ってきますね。
ネウロ君にはお手数をかけてしまうけれど…」
「そんな、水くさい」
いいかげん鬱陶しく、言葉を遮ってしまう。
それでも…母親は安心しきったような笑顔を浮かべ、頭を幾度も下げながら、病室を出て行った。
口にする言葉が全て助手として…うわべを取り繕ったものばかりであるとは、疲れるにも程がある……
『昨日も思いましたけど、ネウロ様、弥子ちゃんのお母様にずいぶん信頼されていらっしゃいますね』
懐から携帯を取り出すと、アカネが素早く文字を打ち込む。
「……嫌味か」
『そんなつもりはありませんけど?』
アカネに嫌味を言われる我が輩の言動が、あらゆる人間に有効であることは、これまでの経緯からも明白だ。信頼を得られねば、自らを取り繕う意味が何処にあるというのか。
『弥子ちゃん…こういうマンガ好きな子でしたっけ?』
「さあな」
我が輩は答えたが…
云われてみれば、ヤコの自室にも、またヤコが我々の事務所に持ち込む書籍にも、そのようなたぐいのものはなかった筈…
ヤコの身体の線に添い皺の寄った毛布が微かに動き、
「ん…ネウロさん?」
ヤコが頭を少しもたげ、寝呆け声を漏らした。
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