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〜忘却と再構築〜 12

「おはよう、ネウロ君」
 ヤコの母親が、ひそめながらの声をかけ、我が輩に近寄る。

 機微に疎い我が輩でも…顔色や声音から、容易に空元気だとわかるのだが…見ないふりをした。

 母親は出勤準備をしつつ、
「昨日はあれから、叶絵ちゃんが来てくれたんです。やっぱりずいぶん戸惑っていたようですが」
 と、聞いてもいないことを話し出す。

「あぁ…ネウロ君は叶絵ちゃんのことは知らないかな?」
「存じておりますよ。籠原さんとは一度お会いしていますし、先生からいつもお話は伺っておりまして」
「そう。
 叶絵ちゃんはさすがに歳が近いだけあって、弥子もすぐに仲良くなって…
 …そんな言い方も、ちょっとおかしいのだけどね…」
「………」

 我が輩は返事をする気になれず、黙っていた。

 母親は壁掛け時計を見、
「いけない。もう行かなきゃ…
 それじゃ、ネウロ君、よろしくお願いしますね。
 弥子は、起きるまで放っておいてかまいませんから」
 慌ただしく、出て行った。



「……かしこまりました」

 我が輩は、後ろ姿にそれだけを言ってやる。


「………」
 思わず溜息がひとつ漏れ、それから携帯を取り出す。

「そら。よく見るがいい」

 良く見えるよう、アカネが貼り付いた携帯をヤコに向け近付けた。


 アカネは、さかさかせわしなく蠢いていたが、携帯を開きメール作成画面を出し、
『弥子ちゃんの寝顔、はじめて間近で見ました』
 と、打ち込んだ。


『こうして見ると、みんな忘れてしまってるなんて、やっぱり信じられないのですが…』
「目覚めれば元に戻っているというオチならばいいと?
 それならば、良いがな」
『……』
 うなだれるアカネ。



 アカネは愚か者ではない。
 ヤコの母親の言葉を聞いていたのだから、我が輩の言うことの確証は得ていたろう。


『それにしても…可愛い寝顔ですね』
「そうか?」
『それだけに、憎たらしくもなります。ちょっとだけ』
「………」

 常にない、やや激しいアカネの言葉に、我が輩は少々驚かされたが…アカネの感情はよく理解出来た。


 違う。

 我が輩すらも理解出来る酷似した感情を…
 ヤコに対するそれを、他者にも抱かれているのが気に入らないといった方が正しいのだ……


「……貴様に憎まれてしまっては、ヤコも立つ瀬がなかろう」
『………』
 アカネはまた黙り込む。

 ひたすら、眠るヤコを見つめているのが、わかる。




 ……アカネが今思うことも我が輩と同じなのであろうか…?








 ヤコの分際で、この我が輩を忘れたのは…

 こころか?
 脳か?

 はたまた、両方か?


 何にせよ、一時的にであれ、気に入らず癪なことには違いない。

 憎たらしいのだ。ヤコが…


 だが…それらを凌駕する圧倒的な感情…

 アカネやヤコの母親が容易に表情に、ことばに顕せ、我が輩には決して出せない…
 認めることすら自らに許すことの出来ぬ感情が……






 どうにかしたくとも、我が輩は、今だに人間の脳を自在にいじくることは出来ん。


 こうなることがわかっていたならば、事前に知識や技術…相応しい『能力』を会得しようとしたものを。




―え?
 ミミズからすぐ私?
 せめて間に……―


 随分昔のことだったか…ヤコの嘆くような呆れるような呟きが、脳裏に蘇った。






 ……今更後悔しても、虚しいだけではあったが、な……







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あきゅろす。
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