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〜忘却と再構築〜 09
話は済み、病室に戻る。
ヤコは起きていた。横になりながらも、不安げな表情を浮かべ、手を口元に。今にも赤子のように指をしゃぶりでもしそうな様子、で。
眠れなかったのであろう。昼前まで目覚めなかったのだから当然ではあろうが。
そして、1人の時間を持て余していたので、あろう。
先程も1人で病室にいたろうに、何故なのか…
ふと、思う。
「…おかあさん」
「何? 弥子」
起き上がり、ちらりと我が輩を見るヤコ。
「その…ネウロ…さんが…私の『助手』だっていうけど、どうしてなの?」
また、『ネウロさん』……
そして、それきり我が輩を見ようともしない。
気に喰わない。
気に喰わない、が…
「…弥子はね…」
「…先生は、名探偵として名を馳せていらした、素晴らしいお方なのですよ。
僕は、先生の才能に惚れ込みましてからこれまで、至らないながらも『助手』として先生に尽力して参りました」
母親の言葉に追い被せ、我が輩が問いに答える。
「…先、生…?」
「はい」
ヤコは首を傾げる。
「……わかんない。覚えてないよ、なんにも」
…胸の内、何かが喪われるが如くの心地、それは恐らく『失意』と呼ばれる感情なのかもしれん…
ヤコは、いつでもどんな時でも、真っ直ぐにこちらを見た。
…今は、視線の片隅にしか我が輩を捉えない…
ヤコは、我が輩を“さん”付けで呼んだことなど、ただの一度たりとも、ない。
…今は、我が輩をそう呼ぶ…
―これは、ヤコではない…
目にするはヤコの姿
耳にするはヤコの声
感ずるはヤコの匂い
魂から放たれる雰囲気…『匂い』も、またヤコのもの…
だが…
……ヤコではない……
命令を、誓いを、我が輩をことごとくに忘れ去った、身の程知らずな単細胞生物など……
ヤコなどでは、ないのだ…―
そう思わねば、とても耐え得るものではない……
―では何故、それでも尚、この『ヤコ』を、我が輩は…?―
そうこうするうちに医師と看護士が来る。大して意味があるとも思えん診察の間、我が輩は病室を出されてしまう。
しばし待たされた後に、母親が我が輩に語るには…
頭などに負った怪我は出血が多かった割にはどうということもなく、骨や脳波に異常のないことがわかっているので、後遺症などの心配はないとのこと。
母親は、医師からの説明を受け、娘の記憶喪失というおおごとはともかくとして、安堵していたようだった。
「じゃあ私は一旦帰りますね。
弥子、また後で来るから、何かあったらネウロ君に言って頼りなさいね」
「…え、おかあさ…」
母親の言葉に戸惑いの声をあげるヤコに対し、我が輩は無言で頷く。
それは、先程母親に頼まれていたこと。
ヤコの母親は明日、どうしても外せない取材を控えているのだとか。
だが、とてもヤコを1人には出来ず、今の状態で我が輩にいきなり夜間の付き添いを託せないので、明日の支度などをする間だけは…という訳なのだ…
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