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〜忘却と再構築〜 08
我が輩を見るヤコの瞳は、はじめて逢った時と非常に酷似した、だが何処か違う怯えと驚愕の色を湛えている。
ヤコの態度と言葉から容易にわかる事実は、少なくとも人間に起こり得る事象として、知識にはあった。
だが、決して現実には起こり得んと、ヤコには所詮無縁と思っていた……
こんなにも唐突に…?
こんなにも、呆気なく……?
有り得ない
有り得ない…
……そのようなことは、あってはならないのだ……
ヤコは戸惑っているか、眉をひそめるばかり。
「おかあさん、私、わからないよ……」
「そう…
弥子、お母さん、またちょっとだけ外すけど、おとなしく待っていられる?」
「うん」
「後でまた先生が診察に来られるそうだから、それまで寝ていた方がいいかもね」
「うん」
素直に横になり、寝かしつけられるヤコは、あの睦月とかいった幼女とさして変わらない程にあどけなく、幼かった…
ヤコの母に促され、一旦病室を出る。
適当に歩くと、見舞い客用であろうか、椅子が並ぶ場所があった。ヤコの母は疲れているのか力無く座り、我が輩にも座れとジェスチャーする。
「いえ…」
「そう…」
長い長い溜息が、聞こえた。
「やっぱりずいぶん驚いたみたいですね…」
…いやなところをつく…
「あの娘は、ネウロ君が帰ってから、そんなに経たない時間…お昼前だったかしら…に、ごく普通に起きるように目覚めたんです…
だけどあの通り、すっかり記憶を失ってしまっていて…」
「………」
「慌てて先生に来て頂いたんです」
「…それで…?」
「目覚めてすぐに精密検査をしてもらいましてね。幸い脳波に異常はないのですって。だから断定は出来ないけれど、一時的なものだろう…って」
「………」
「いつかは記憶は戻るだろうけれど、それがいつかはわからないらしいんです。今すぐかもしれないし、しばらくはこのままかもしれないし……」
「そんな、筈は…」
現実を思い知らされても尚、我が輩は言い募らずにはいられない。
ヤコが
この我が輩を忘れるなど…
それだけは許さぬと厳命した筈ではなかったか……
そんなことは有り得ないと、ヤコは言い切った筈だ……
母親は、短い溜息の後、言い聞かせるかのような口調で、
「気持ちはわかるけどね、ネウロ君…
あの娘、この私も忘れてしまっていたのよ。今はわかってくれているけれど」
…と、言った。
『この私も……』
何を思い上がっているのか…そう、言ってやりたかった。
ヤコは確かに貴様を『おかあさん』と呼びはしたろうが、それは所詮、教え込まれた発音…
『お/か/あ/さ/ん』
それらの発声の羅列でしかなかったではないか。
『母親』と認識している訳ではないに違いないのだ。
ヤコが貴様の言うことを素直に聞くのは、母親に対する親近感ではない。
一時的にでも、まっさらとなった状態で目覚め最初に見た人間だから…ではないか。
雛鳥の刷り込みと同じでしかなかろうに。
「弥子は、念の為2、3日入院になるんですけど、看病して下さるというお話、どうなさいますか?
弥子がネウロ君のことを覚えていない以上、そばにいてもネウロ君だって辛いでしょう?」
この女は、不愉快なことをさらりと言ってくれるものだ。
悪気はないのだろうが……
「それだからこそ、尚更です」
それだけ、言ってやる。
「………ありがとう。
それなのに、あの娘ったら、ねぇ……
本当にごめんなさいね」
頭を下げるヤコの母。
貴様が謝る必要など、少しもなかろうに……
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