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〜忘却と再構築〜 07

 電話は、やはりヤコの母からだった。


『…忙しいところごめんなさいね。弥子の意識が戻ったので、ご連絡を……』


 その報は…
 思いのほか早かったのか、はたまた、遅すぎたのか……

 ヤコの母がその後何を話し、その言葉に我が輩がどのように受け答えたのかを、我が輩は記憶していない。



 ちらりと、アカネには少々悪いと思った記憶があるにはあるのだが…ともあれ、電話を切った我が輩はすぐさま、また、窓から街へと跳んだのだ………






「……まぁ…」

 公衆電話からかけてきたのだろう。ヤコの母親とは、病院の建物に入ってすぐ、受付ロビーで出くわした。

 驚きに目を丸くしていた。

 それも当然であろう。電話を切ってから、まだ5分も経過していないのだから。

「………先生は?」
 昨日看護士に対して言ったのと同様の言い訳をすべきであったのだろうが、口にする気にはなれなかった。


 ヤコの母は一瞬だけ嬉しそうに表情を綻ばせたが、それもすぐに曇らせ、しばらく黙ったまま歩く。
 病室が近付いて、漸く口を開いた。

「弥子は……

 今の電話でも言ったけれど、ネウロ君、ショック受けないでね……」
 と、スライド式の病室のドアを開ける。


『ショック受けないで……』

 そういえば、電話でそのようなことを耳にしたような…
 詳細は言わず、そして何のことか解らず、とにかくヤコが目覚めたならと聞き流したものだが、一体何だというのか。


「弥子、戻ったわよ」
「あ、おかあさん」

 母親の声に応える、ヤコの声が。
 …妙に幼げで舌足らずだが、確かにヤコの声、だ……

 遅れて、病室に入る。ヤコはベッドの上。上半身だけ起き上がってこちらを見ている。
 影に邪魔された上遠目でよくわからないが、血色は良いように見受けられた。


「先生、心配しましたよ」
 そう、ひとまず無難に声をかける。本当ならば、様々に煩わせた罰として、問答無用で早速お仕置きに出るのが我が輩の流儀だが、流石に憚られた。

 …いや、そうではない。




 ヤコは、小首を傾げるのみ。

「……せんせい…?」

 小さく呟かれた声はやはり、妙に舌足らずだった。頭を強打した影響がまだ残るのであろうか……


 我が輩をまじまじと見つめている。
 あまりあることではない。この我が輩を“観察”するように見るのは…

「…………」
 ヤコは何を思ったか、急に怯えの表情を浮かべ、俄かには信じられないことを宣ったのだ。



「…ね、おかあさん?

 このひと

 ……だぁれ……?」


「…………」


 絶句するしかない我が輩に対し、既にこの状況を呑み込んでいるらしきヤコの母は、ベッドに近寄り、手を取り軽く叩きながら、言った。

「この人はね、弥子。
 あんたの『助手』さんよ」
 幼子に教え込むような口調とは、こういったものかと思わされた。

「じょしゅ?」
「そう」
「助手……」
「ネウロ君っていうのよ…」
「ねうろ…
 …ネウロ…さん…?」
「そう」

 ヤコは我が輩を改めて見る。
 はじめて逢う者を見る眼差しで……



 どうにも表現の仕様がない衝撃が、我が身を駆け抜けていった……



『ネウロさん……』

 認めない
 認めたくはない


「………
 いやだなぁ先生!
 何の冗談を仰っておられるのですか?」
 本当に、どういうたちの悪い冗談なのだ…と、思う。

 そう、思いたい。

 だが…この、不快な現実感をどれほど否定したくとも、否応なしに思い知らされるのだ。他ならぬヤコ自身に………







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あきゅろす。
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