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〜忘却と再構築〜 06
まだ昼過ぎだった。
我ながら素早く片を付けたものだと思う。
次いで、ヤコの学生鞄を回収する。これは、事故現場近くの派出所に預けられていた。
漸くそれなりに気が済み、一旦事務所に戻ることにする。
ほぼ一日中事務所を空けていたことになるのか。
出た時は窓からだったが、帰りは正面のドアから戻る。
よほど待ちくたびれたか、ドアを開く音を聞くなりアカネが髪束を跳ね上げ、
『…おかえりなさいませ!』
筆致も勢いよく、専用のボードに書いた。
「……窓が閉まっているが」
『ご不在の間に吾代さんがいらっしゃいました。不用心だと、ぶつぶつこぼしてらっしゃいました』
「…そうか」
アカネはペンを持ったまま、ゆらゆらと躊躇い、書く。
『あの』
…とだけ。
我が輩の行動が、ヤコに関することだと熟知しているが故、うまく訊く言葉を見つけ出せないのであろう。
アカネが、今、知りたいことは、1つしかない。
ヤコに、何があったのか……
「…事故に遭ったそうだ。まだ意識は戻っていない。
…少なくとも、まだ、そのような連絡は受けてはいない」
主語を省き、最小限の情報だけを口にする。半ば呟くようになってしまったのは、この我が輩にも言い辛い事柄だからか。
はたまた、アカネがどれだけ嘆くかわかる故、だからか……
『弥子ちゃんの具合は?』
しばしの後、短く…だが、ひどく長い時間をかけたように書かれた問いに、アカネの動揺を見た気がした。
「怪我はたいしたことはないと聞いたが。信号無視の車に轢かれそうになった子供を助けての結果だそうだ。犯人はもう捕らえてある」
『ネウロ様が?』
「…ああ」
共鳴のせいなのか、アカネの精神の揺らぎがわかる心地となった。
それとも…
改めて事実を口にし現状を改めて把握し蘇った、我がこころの内でしかないのか…
―同じこと、前にもあったね…弥子ちゃんらしいといえば、らしい…ね…―
何故か聴こえた、呟き。
空気が重い。
アカネがこころの奥底からヤコを案じ、そして、突然のことに悲しんでいるのがわかる。
アカネは…アカネもヤコを好いていた。ヤコもまた。2人は極めて仲睦まじく…ならば当然のこころの成り行きなのではあろうが……
また、あの不可解な羨望の面持ちが滲み出る。
「…アカネ。貴様が案ずることなど、何もなかろう。頭を打ち出血が酷かったようだが、命に関わる怪我ではないのだ。
ヤコは生きている。我が輩もそれは確認したのだぞ」
何故かは解らんが、少々苛つく。
そして、自分に言い聞かせるかのような口振りとなってしまったのも…何故なのか解らん。
これでは、今のアカネには悟られてしまう……
「…それともアカネは、我が輩の言うことが信じられんとでも云いたいのか?」
辛うじて言うと、アカネは否定を髪全体で顕すかのように、壁を叩きながら激しく揺れた。
『そんなことは申しておりません!』
普段極めて忠実な秘書には珍しい激しい態度は、裏返せばそれだけヤコを想っていることに他ならないのであろう。
ますます重くなった空気に、我が輩もアカネも会話をする気が失せ、我が輩は仕方なくトロイに戻る。
黙々と事務処理をするなど、いつものことであるのに…
全く、ヤコもとんだ罪作りなものだ……
そう思った途端に、事務所の電話が鳴った……
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