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〜忘却と再構築〜 05

 意識してそうした訳では、決してないのだが…

 わが輩が唇で軽く触れると、その箇所…ヤコの唇…は、何もなかったかのように治癒してしまっていた。


 思わずよぎった感情は…


―ああ…生きている…―


 当たり前であるのに、な……




 …その後、荷物を持ち戻ってきたヤコの母に、病室を追い出されてしまった。


「ネウロ君は、お仕事に戻ってちょうだい。今日は私、仕事休ませてもらったから大丈夫」
 …と言われ、我が輩としたことが、逆らうことが出来なかったのだ。


 だが、この我が輩がそれで退く筈もなく。


「それではせめて…先生の入院中、お母様がお仕事に行かれるなど、ご不在の間だけは先生についていることを、ご了承頂けませんか…?」
「………」
「そうでないと、僕は助手として、気が済みません。
 事務所のことは、ご心配なさらないで下さい。他のど…従業員に留守居を任せますし、それにどのみち、先生がおられなければ事務所はまわらないのですから」
「…ネウロ君…」
「お母様お一人に、負担をおかけすることも出来ませんし」


 ヤコの母は我が輩をまじまじと見つめ、溜息をひとつ吐き、

「本当にありがとう。
 …それでは…いえ、こちらこそ、どうかお願いしますね…」
 と、頭を下げた。

「それでは、夜にまたお伺いいたします」
「…夜…?」
「昼間お仕事に行かれるお母様に、ご負担をおかけしない為です」
「……」

 ヤコの母は何かもの言いたげにこちらを見つめていたが、やがて短い溜息を吐いたものだった……



 ともあれ、そうして我が輩は病院を一旦辞去した…のだ。






 事務所に戻る前に、看護士から聞いた事故現場へと向かう。


 現場は、やはり学校から事務所への道のりだった。

 何事もなかったかのように、車や人間共が行き交う交差点。

 だが…

 車が絶えず通る横断歩道の中ほどに、今だ血痕が残っていた…
 ヤコ、の……

「………」




 ひとまずは、ヤコを傷付けた上逃げた車の運転者の追跡を、我が輩は開始する。


 事故現場から僅かな痕跡を発見し、捜索の手掛かりとし探り出すなど造作もないこと。

 加害者さえ見つけ出し、我が輩なりの制裁を与えられればそれで良いのだが、その車をまず突き止める必要があった。
 轢き逃げの証拠を抑える…というよりも…車から探らねば所持者に辿りつけないからだ。

 これは我が輩の『能力』も警察の捜査も、さして変わりがないのであろうが。




「…こんにちは」
 我が輩が話しかけたのは、若い男。

 男は、後ろめたさのある者特有のびくつき方をし、少々の間の後にこちらを振り向いた。
 その反応のみで容易く確信できたものだが。


「何か用?俺急いでんだけど」
 いかにも面倒臭そうに男は言う。

「…お急ぎの御用向きとは、他人を轢き逃げして傷付いてしまった車を修理に出す…ことでしょうか…?」
 我が輩の単刀直入の言葉に、男は硬直した……



 それで、十分……






 数十分後、体中を雁字搦めに拘束され、とても正気と思えぬ精神状態の男が警察の正面玄関に転がっていた。無論我が輩の仕業であるのだが。


 更に数時間後…

 その男が我が奴隷『探偵・桂木弥子』を車で轢いた上逃げた輩であったのだと、警察連中が漸くと知ることになるのだ……



 それを知らされようとも、最早我が輩には関心外のこととなっては、いたのだがな。



 ヤコが意識を取り戻したという連絡がない以上、他のことは全て、どうでも良いことなのだ……







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