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〜忘却と再構築〜 04
「…それで、弥子は?」
「まだお目覚めにはなっていません」
「ずっと付いててくれたの?
…ありがとう」
「助手として当たり前のことですから」
そのような応酬の後、先程の看護士と、担当医とやらが現れた。
我が輩が既に聞いた状況説明と、数日は入院の必要があるとの言葉を、ヤコの母親は幾度も頷きながら聞いている。
探偵業…ひいては、我が輩の『謎喰い』に支障が出るが、致し方あるまい。
まずは何よりも、ヤコが意識を取り戻してくれなければ……
医師や看護士は、すぐに目覚めると宣っていたが、ヤコは一晩を経過しても意識を取り戻さなかった。
我が輩と共に一晩中ヤコを見守っていたヤコの母が、この短時間で哀れにやつれ、
「…本当に、親に心配ばかりかけて…」
と、半ば涙ぐみ呟いていた。
この女にはヤコしかいない。
つまり、ヤコにも、家族と呼ぶべき者は、この女しかいないということだ。
だが、我が輩にも……
「ネウロ君」
不意に呼ばれ、思考を中断された。
「何でしょう、お母様」
「私、弥子の着替えやらの入院準備に、いったん帰宅しようと思うんです」
「……」
「弥子がいつ目覚めるかわかりませんから気になりますけど、今のうちに…急いで支度して出来るだけ早く戻りますので、それまで、弥子を見ていて頂けませんか?」
「…かしこまりました」
ヤコの母親は、ややふらつき気味の足取りで、病室をあとにする。
ドアから出た直後に、軽い嗚咽が聞こえた。
そうして、足早に廊下を駆け去る足音……
目覚めぬ娘に、こころを痛めているのであろう………
女とは直情的な生物らしい。感情にさほど逆らおうとはしない。すぐに笑い、そしてすぐに泣くのだという知識を、我が輩は得ている。
ヤコも、そうだ。よく笑い、よく泣き、めまぐるしい。
本気で泣かれると我が輩は辟易してしまうのであるが。
大なり小なり、女とはそういった生物なのであろう。年齢などは関係ない筈だ。性格にもよるのだろうが。
だが、ヤコの母は、『助手』の我が輩が始終そばにいた為、それを…驚きに心細さに痛ましさに嘆き泣くことを…必死にこらえていたのであろうと思われた。
ヤコにこころ乱されるのは我が輩だけで良いと思っていたものだが……
どこか…
何か…
羨望のような、奇妙な面持ちを覚えてしまった…
それが何故なのかは、我が輩には、解らない……
なかなか目覚めないヤコに、ゆうべ看護士が点滴の処置をしていた。
普段のヤコの、呆れる程の摂取カロリーには遥かに程遠いことだけは明らかである、ささやかで、風情も何もあったものではない栄養が、無機質な物質に詰められ、細いチューブと針を通じて、腕に、そしてヤコへと吸収されている。
腕に触れてみる。常よりも冷たく感じられた。
唇に触れてみる。少々擦りむいたものか、薄い皮膚がめくれて、乾燥していた。
我が輩が触れることの多い、我が輩がいたく気に入っているところを、下等生物の子供などの為に痛めおって……
意識の無い者の感触を愉しむ悪趣味など、我が輩は持ち合わせてはいない。
だが……
愚かで痛ましく憎らしく…
邪魔者の居ない今…
眠れる我が奴隷に抱く、微かな欲を抑える理由など…躊躇う必要など…ありはしなかったのだ…………
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