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〜忘却と再構築〜 02

 全速力で駆け、着いたのは…病院。

 事務所に電話をかけてきた者は、この病院の看護士だと名乗っていた。


「今し方お電話を頂きました、『桂木弥子魔界探偵事務所』の者ですが…」

 我が輩はまず、受付に座る人間に話しかける。その者は内線で誰かに連絡を取り、
「少々お待ち下さい。すぐに参りますので…」
 と、言う。



「お待たせ致しました」

 事務所に電話をかけてきたと思われる看護士の女は、連絡を受けすぐにやってきたのであろうが、我が輩はひどく待たされた心地だった…



「お電話にお出になられた助手さんでいらっしゃいますね?
 ご連絡差し上げたのは、つい先程なのに、ずいぶん早く来て下さいましたね」
 看護士は先を行きながら、こちらに少し顔を向け、内緒話をするかのように言った。

「…事務所を留守にする折には僕の携帯に転送されるようになっていますから」

 …つまらぬことを訊かれるのを予測して、用意しておいた言い訳…


「そうですか…

 突然のご連絡に驚かれたかと思います。

 …患者さんは、信号無視の車にひかれそうになった、横断中の男の子を助けようとなさいまして…
 車に接触した衝撃で、コンクリートに頭を強打してしまわれたようで、救急車が呼ばれた時には既に気を失っていらっしゃいました。
 彼女が助けた男の子は、かすり傷程度で、痛みと驚きで泣く程元気で。すぐにお母様が駆けつけられて、今は落ち着いておられます。
 念の為に一晩検査入院をしますが、大事には至らないようです」

「そうですか……
 …それで、その車は…?」

「逃げたそうです。勿論、警察には通報しました」


 チッ……

 胸の内で思わず舌打ちをしたのは、ヤコを傷つけた奴に対してか、車ごときに接触した程度で昏倒した、ヤコに対してなのか……


「本来ならば、まずはご家族にお知らせするべきなのでしょうが、制服のポケットに所持しておられた携帯電話が衝撃で壊れてしまっていまして。
 その上、不手際としか言い様がないのですが、他に身元のわかるものを現場に残してきてしまったようでして…その…
 お身元がわからなかったのです。
 ですが、テレビや雑誌で時々お見かけする、探偵の桂木弥子さんだとわかりまして、ひとまずそちらの事務所にご連絡差し上げた次第なのです…」


 それは…
 はじめに、家族…母親などではなく、探偵事務所…この我が輩に連絡したことは…愚鈍な人間共にしては懸命な判断だ。
 …と、我が輩は思う。


 勿論、その鈍臭く間抜けな女が、ヤコでなければ何より…と思っては、いるのだが。


 だが…

 建物に近付くにつれ淡くだが感ぜられ、建物に入った瞬間に色濃くなり、そして次第に更に濃くなってゆく、我が輩にしかわからない独特の気配が…その微かで淡い期待…

―ヤコでなければ良い…―

 …なんぞ、簡単に裏切るものなのだがな……



 エレベーターを降り、同じ仕様の扉が続く廊下を歩く。
 ヤコの気配がいっそう強まった場所…病室の扉の前で看護士は立ち止まり、スライド式の扉の取っ手に手をかけた。


「…こちらです」


 病室のネームプレートは、空白になっていた……








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