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〜忘却と再構築〜 01
―ネウロ……―
突如として我が輩の脳裏に響く、ヤコの声。
儚げな…『声』…
「…?」
我が輩は思わず辺りを見回してしまった。
「あの…どうかしましたか?」
向かい合ったソファに座った男が、訝しげに問う。
あれがヤコの声の筈はなかった。
今の時間、既に授業は終わっていよう。ヤコは放課後に友人と遊んでいるか、こちらに向かっている真っ最中か、どちらかなのだから。
だが、ヤコの『声』には違いなかった。
ヤコに何かがあったのか……
今日は、ヤコに蟲を憑かせていない。意味など特にありはしないが、蟲にも休息が必要であり、我が輩の元に戻す時間が必要なだけだ。
情報…殊にヤコの現状況を知りたいときにすぐ判らぬのは、我が輩が思う以上にもどかしいものだと、幾度か思い知らされてはいたのだがな…
そういう時に限って蟲を憑かせていないというのは、知外の何かの悪戯めいた思惑を感じなくもなく、不思議なことだと思わざるを得ない。
目の前の男は、事務所の客。
『謎』など持たぬ、“探偵事務所”としては普通の、我が輩には無意味でしかない客なのだが。
来た以上、客として、それなりのもてなしをせねばならん。
以前の我が輩ならば、『謎』の匂いが無い時点で、追い返したであろうが、これも処世術の一つということだ。
極めて煩わしいことであるのには違いないが。
「…それで、娘の素行調査のことですが…お引き受け…」
うだつの上がらない男が、先程も聞かされた依頼内容…
愚痴そのものであり、家庭内の下らない…要は父娘間のいざこざでしかないのだが…
…を再び口にしようとする、まさにその時、事務所の電話が鳴った。
「…失礼」
少々安堵し立ち上がる。子機を手にして窓辺に立ち電話に出た。
「はい」
『…「桂木弥子探偵事務所」の方でいらっしゃいますか?』
「そうですが」
電話の向こうは、妙に緊迫した感のある女の声だ。
「……」
『……』
「……」
電話を、切る。
「………申し訳ありませんが、急用が入りましたので、今日のところはここまでということでお願い致します」
「急に何だ!俺の娘の件はどうでもいいと言いたいのか!」
男は突然大声を張り上げる。
「そのようなことは申しておりませんが…
ですが、ご用件の概要は、既に僕がお伺い致しました。後は先生が何と仰るか、それだけですので」
我が輩は、努めて穏やかな口調を保ちつつ言う。
重ねて、
「…僕には、ご依頼の受理不受理等を決定し返答する権限はございません。先生不在時に勝手に受理すると、恐ろしい罰を頂いてしまうのです…
…ともあれ、今すぐには何とも申せません。先生がお戻りになり次第、こちらからご連絡差し上げることになりますので、今日のところは、お帰りになって頂いて…ということです」
そう、もっともらしく言ってやると、男は渋々納得したようだった。
「…では、名探偵さんに、くれぐれもよろしくお伝え下さい」
頭を下げ、出て行くのだが。
内心で、『探偵・桂木弥子』とは、見かけによらず権限の強い恐ろしい小娘だと思っているらしいのが、よくわかった。
普段ならば、小気味良く思う一瞬であったろうが……
ドアが閉まると同時に…我が輩も、窓枠を蹴り、跳ぶ。
アカネが訝しげに、そして、もの問いたげにこちらを見ていたことを知っていたが…
我が輩は、敢えて見ないふりをした、のだ……
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