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〜そのこころに〜 04
大木のざわつく音は、さっきから妙なデジャブを誘う。
あのざわめきは…耳にした記憶があった。
生の音じゃあ、ない。電話越し、だった。
確かあれは……
いつものように事件があって…
いつものように弥子ちゃんに…弥子ちゃん達に…協力してもらって…
確か、弥子ちゃんはそん時、足を挫いたんだったか…
送っていこうかと言ったが、2人とも断って…
だから2人が帰った後も心配になって…電話して……
……そうだ。
その時の電話のやりとり。その向こうの……!
枝葉のざわめきなんて、どこにでもあるものなのに。
だが俺は何故か…あの夜、弥子ちゃんと助手がいた所と…
今、弥子ちゃんがここに居ることが無関係に思えなかった。
口数の少ない今のこの子の全てが、あの男に結び付く。
根拠はなくても、この子は始終あいつのことを考えていたに違いなかった。
いや…根拠が全くない訳じゃあ、ない。何故なら弥子ちゃんはさっき、あの助手の名前を呟いたのだから。ぽつりと、かすかに。
−もしかしたら…こんな思いをしたのは俺だけじゃないのかもしれない。
そう…
…あいつも、もしかすると−
「俺はさ…
弥子ちゃんはそんな顔をするべきじゃないと思ってる。
笑うべきだと…思うんだ」
いろいろ考えあぐねて、やっと口にした言葉に一旦こっちを見た弥子ちゃんだったが…また視線を遠くに漂わせた。
俺なりに頭使って話したつもりだったが、また弥子ちゃんの何かを刺激しちまったようだ。
つい、思い出すのは……
この子の『輝く笑顔』を『加工』したいとやらで、残虐な行為に到った男がいたこと。しかも俺の身近に。
俺は、そいつにそう思わせた弥子ちゃんの表情を知らない。
ただ、『そいつ好み』に『加工』されちまった顔を見てしまってるから……
もう、あんな顔は見たくない。
だが…そうだ。
いつだったか…弥子ちゃんの母親だったか誰だったか…すっかり立ち直ったようだと喜んで言ってたのを覚えてるから…
俺がしょっちゅう目にしてたあの笑顔が、竹田が奪いたかったそれと同じなんだろう……
それを取り戻したのは。
この子を立ち直らせたのは……
俺は知ってる。
一度殺されてしまったに等しいこの子の精神は…
あの輝く笑顔は、あの男の存在無しには甦ることはなかったってことくらい…
弥子ちゃんは何を思うのか、泣きそうな顔だった。
−泣いてくれたって全然構わねーのにな……−
詮ない望みだと…わかっては、いる……
黙ったままだったり、ぽつぽつと話したり…そんなこんなで時間は過ぎ行きて、いつの間にやら日が暮れかかっていた。
いくら春が近いといっても、日が沈んでしまえば冷えてくる。
俺は立ち上がって、
「もう行こう。送ってくよ」
そう言うと、弥子ちゃんは、
「あぁ……
すみませんでした長いこと…
私、まだここにいますから、大丈夫です。
笹塚さん、お菓子とコーヒー、ありがとうございました」
と、少し笑いながら言った。
だが俺は…その言葉にムッとくる。
だから言ってやる。
「あのね、念押しのつもりでいうけど…弥子ちゃん。君はか弱い女の子なんだ。
ここに何の用があるんだか知らないけど、今の弥子ちゃんみたいな子を、どうして置いてけぼりに出来ると思う?
そんなことして弥子ちゃんに何かあったら……
俺は誰にも顔向け出来なくなる。誰よりも、弥子ちゃん、君にね」
流石の弥子ちゃんも表情を変えた。
下を向いて…唇を噛んでたのは見てわかった。この場所に今、それほどに執着してるってことだろう。
だがそんなことどうでもいい。
何故かはわからないが、とにかく弥子ちゃんをここから連れ出してしまいたい。
諦め顔で立ち上がる様子にホッとして、
「車は、あっちに停めてあるから」
と指し示すと、弥子ちゃんはいきなりその方向に駆けてった。
俺も歩き出す。何となく溜息が漏れて、これまた何となく大木を見上げてみる。
今は風が止んで、枝葉が揺れる音もしない。
それなのに……
はるか頭上の枝が揺れたように見えた。
もちろん何かあるわけもないんだが…俺の見上げた先の茂みから、枯れてもいない若い葉が数枚、ちらほらと落ちてくるのが見えて、俺は思わず立ち止まってしまった………
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