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〜そのこころに〜 03
カサッと音がして、弥子ちゃんは2つめのチョコレートを口にした。
やっぱり、口の中でゆっくり溶かしている。
俺はこの子の、何でも美味しそうに幸せそうに食べる様子が好きなんだが、今の弥子ちゃんは、おとなしくて大人びていて…調子が狂う。
何と声をかけたら良いものか考えあぐねるばかりの俺みたいな性格は、こーゆー時ソンでしかねーな…
しかし、そんなことも云ってられない。弥子ちゃんは放っておくといつまででもぼーっとしてるに違いなくて、危なっかしい。
「弥子ちゃん、元気ないね」
訊いても答えないだろうから、ストレートに言ってみた。
ゆっくりこっちを向いたのに何か安心して、
「いつも元気な君だから、そんなんだと心配になっちまうよ。
俺だけじゃねーんだからね、もちろん。君の心配するのはさ」
俺にしては饒舌に言い募ってしまう。答えを期待しない話し方は、状況によってはかなり便利なモンなんだな。
…が、弥子ちゃんの表情が一瞬で変わっちまって、気付く。
しまった…科白をしくじっちまったか。
「…弥子ちゃんのお母さんとか、学校の友達とか…
凹んでるときに色々難しいだろーけど、さ」
わざと、言わない。誰かの名前を。何故か、そうせずにいられなかった。
弥子ちゃんは前を向いて読めない表情をしていた。
そして、
「…別に、ヘコんでるわけじゃ、ないです」
小さく呟くように言う。何故か頬を染めながら。
「…?
ま、凹んでないってゆーなら、それでいーんだけどさ」
じゃあなんでそんなに様子が変なのか…知りたくてもどうせ、教えちゃくれねーだろーな……
今日は少し風が強いようだ。
煙草に火を点けるのにも、少しばかり難儀する。
強い風が吹くと、ざわめく大木の枝葉の音が、ひときわ大きくなる。
別に寒くはないが…何となく落ち着かない気分にさせられた。
…と、ポケットから何やら音楽が聞こえる。俺の携帯の着信音じゃあない。
「あー…」
そういや、さっき上から落ちてきた弥子ちゃんの携帯を、咄嗟にポケットに入れちまってたんだった…
鳴ったのはワンフレーズだからメール着信か。気付けて良かった。
「ごめん返すの忘れてた」
ポケットを探って携帯を出して、
「驚いたよ。頭の上から音楽が聞こえるし、コレ落ちてくるし。
……弥子ちゃんがいるし」
そう言いながら携帯を差し出すと、流石に苦笑めいた表情になって、少しホッとする。
頭のてっぺんに木の葉が落ちてる。取ってやろうと手を伸ばすと…
それは木の葉なんかじゃあ、なかった。
俺に視認されて今更ながら慌てているこいつは…そうだ、『魔界蟲』とやらだ。
蟲を指で弾き飛ばすが、キチキチ耳慣れない音を立てて跳んで戻ってくる。
そしてそいつは弥子ちゃんの脚の上、缶を持つ手首に止まった。弥子ちゃんは一瞬だけ愕いた顔をして、
「………」
小さく呟いたが、生憎声は聞こえなかった。
…聞こえはしなかったが…
唇の動きで何を言ったかは、判った。
蟲の奴はまた跳び上がり、今度は俺の目に届かないようにか、弥子ちゃんの髪に潜り込んでしまう……
…この子の後ろにいるあいつの正体…あいつが『魔人』だと認識してるから、こいつが見えたんだろうか。
風がまた、強く吹き抜けていく。
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