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〜そのこころに〜 02
「今日は休み?」
俯き気味の弥子ちゃんに訊いてはみたものの、返事がない。少し困ったが、構わず話を進めることにする。
「あー、突然電話して悪かったね。事務所に電話しても誰も出なかったからさ」
そう言ったら、俯いた頭がかすかにピクリと動いた。
「…ま、立ち話も何だから、座らねーか?」
辺りを見回して、俺は弥子ちゃんを改めて見る。
「………」
弥子ちゃんは胸元の金の鍵型のペンダントを握りしめたまま、やはり返事をしなかった。
一体何だっていうんだ。
少し迷ったが、このままのテンションだとマジで埒があかない。俺は弥子ちゃんの肩を抱いた。
「座ろう」
あからさまにびくついた気配が肩に回した手から響いてきたが、有無を言わさず歩き出す。
幸い、素直には、付いてくる……
「……食う?」
近くのベンチに座らせて、俺も隣に座ってから、紙袋に適当に突っ込んであった、石垣に押し付けられた菓子を差し出した。あの使えねーヤツも、たまには役に立つもんだ。
「食いなよ」
弥子ちゃんは、かすかに笑って、ぺこりと頭を下げて、それを受け取った。
嘘っぱちの笑顔なのは、俺にでもわかったが。
−この子のこんな顔は……−
包みを破り、チョコレートを口に含む様子に思わず見入ってしまう。
いつもなら性急に噛み砕いて次々口に放り込む子なんだが、いつまでも口中で溶かしているような食い方が、とても珍しかった。
というか…さっきから思ってたが…
様子がおかしい。
…おかしいにも、程がある。
近くに自販があったから、温かい飲み物を買ってきて差し出す。
「とりあえず、これでも飲みなよ」
弥子ちゃんはこっちをぼんやりと見上げてから、
「ありがとうございます…」
手をのろのろと、のばした。
その手を取って、握り込む。案の定手も腕もびくついたが、気付かないフリをして、ワザとゆっくりプルタブを指でひっかけて開けてやる。
「冷めないうちに飲みなよ」
ワザワザそう言ってやらないとならない雰囲気が、今の弥子ちゃんには、ある。
手も指も、冷たかった。
「てっきり、ネ…助手と一緒なんだと思ってたけど…1人だったんだな」
「………」
また隣に座って、何気ない風を装って訊いてはみたが、無言。
「…何かあった?」
「………」
それにだって、答えやしないことはわかってた。
心ここにあらずな様子は鈍感な俺にも判るほどだ。これまでの弥子ちゃんは、どんなことがあっても、そんな憂いの表情を見せたりしなかったのに。
笑ってるのに笑ってるように見えない、さっきの顔は、あの時…
…知り合った初めの頃の弥子ちゃんとよく似ていた。
彷彿とさせはするが、全く同じという感じはしない。どっちにしても不可解だった。
少しの沈黙の後、
「…これ、頂きモンなんだけどさ…俺には食い切れそーにねーし、弥子ちゃんにあげるから」
持ってた紙袋を差し出した。
弥子ちゃんは、ぼーっとあの大木を眺めていたようだったが、ゆっくりとこちらを向いて、俺が差し出した物を見る。
いつもなら…
−満面の笑みで…
その場で開けて…
喜んでくれる……−
そうしてくれることを、俺はつい期待してしまってた。だがそうはならないだろうと、さっきのチョコレートの時に既にわかってたのに…と、少し後悔した…させられた。
それでも、
「ありがとうございます」
と、儚い笑顔で受け取る弥子ちゃんは、精一杯なんだろう。
何に対してか、知らねーが。
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