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〜かけちがう〜 04
こうして動きを封じれば、いつもならば不敵な瞳はきつく我が輩を見上げるのだが、やはり伏せられたままだ。
初い反応にも見えたが、顔を左右に振る頑ななさまは拒絶そのものだった。
「も…
…もぅ……
……許して」
…と、独り言と思える程に幽かな呟きを口にしたと同時に。
――どうせ…
………クセに……――
…………?
唐突に頭に流れ込んできた思考は、科白の肝心な部分が不自然に不明瞭だった。
どうせロクなことではなかろう。だが、つい気を取られた隙を突かれ、ヤコが我が輩の腕をすり抜け、事務所を出ていってしまう。
その感覚に、またしても既視感。ほんの一瞬立ち尽くしてしまった。
いや、既視感などという生やさしいものではない。何故ヤコは今日に限って、嫌なことを思い出させるような素振りを繰り返すのだ…?
ヤコの瞳からは涙が落ちていた。
そして。
『許して……』
……だと……?
事務所を飛び出したヤコの足音がいつまでも響く。嫌でも耳につく。
ヤコに憑かせた魔界蟲は突然のことに蟲らしい狼狽を見せていた。
それでも忠実に映像を脳裏に送り込んできたが、あまりに煩わしい。蟲との連携を切ることにする。
何故拒むのか。
何故逃げるのか。
何故…何を我が輩は許さねばならんというのか……
いつの間にか、アカネが姿を見せていた。おずおずと、遠慮がちな振る舞いは、いつしか見慣れていたものだ。
アカネならば、ヤコのあの訳の解らぬ言動を理解しているのだろうか。
我が輩が訊きたいことがあるのだがと言うと、アカネもまた、
『私も、ひとつ伺いたいと思っていたことがあります』
と云った。
「…何だ」
そう請け負ったものの、このような状況下だ。何やら厄介なことを訊かれそうな予感はあった。
案の定、アカネはしばらく“黙った”ままだ。
「…何だというのだ。訊きたいことがあるならば早く云わんと、二度と聞かんぞ」
わざと急かす口振りで促す。アカネが躊躇したのは、ほんの少しの間だった。
『ネウロ様は、探偵さんをどうしたいのでしょうか』
一気に書き上げた“訊きたいこと”は既にアカネの中で定まっていたのだろう。一言一句までも。そう…『探偵さん』という呼び名ですらも。
…それ程に。
あぁ…やはりきたか。それにしても短く曖昧な云い方をするものだが、それはそれで有り難い。
「どうしたいかなど…傍で見ている貴様にならばよく判るのではないか?」
出来る限り素っ気なく言ったつもりだが、白々しさは否めなかった。
『ええ、そうです。少なくとも私はわかっていたつもりです。
だから口を出すつもりはありませんでした』
よく云うものだ。現に口を出しておいて。
だがそれを言ってしまえば、こちらの訊きたいことも訊けなくなってしまう。
「それに…
その程度のこと、ヤコ自身こそが知って……」
それこそ、その身に強く知らしめていよう……
………?
…本当にそうだろうか…?
唐突に己が内で湧き上がった疑問にことばが続かなくなった。
そもそも、ヤコがそうであったならば、あのようなことにはならない筈なのだ。
アカネは心得たかのようにボードに書き付ける。
『私はネウロ様とリンクした存在ですから、ネウロ様の意図や探偵さんへのお気持ちは十分知っているつもりです』
「…だから何なのだ」
『けれど探偵さんには、さきほどのような曖昧な物言いは通用しないのでは?
今は特に』
それは…
我が輩の言葉をそのままに受け取ったということなのか。
ヤコの理解力に合わせて喋るつもりなどないのだが、何気ないことばの真意を取り違えられた上、過剰に反応されるのは心外であり、何より厄介だ。
このままでは払拭されないことも含め……
『ネウロ様がどう思っておられるかなんてわざわざ言う必要はないと思いますが、弥子ちゃんがそこまでの機微を察するかは別問題ですよ。冷静でないのなら、尚更』
「それは、解らないというのと同じではないか」
『そうですね。
だけど結局、お互い様ではないですか。都合の良いところだけ理解してもらおうだなんて、無理に決まっています。
理解してもらおうとすら思わないなら、ネウロ様は弥子ちゃんを一生飼い殺しにするつもりなのだと思われても、反論は出来ません。そんな関係を拒否するのは当然ではありませんか。
だって』
アカネはそこで文字を綴るのを躊躇った。
『だって』……
何となれば、女、だからか。
アカネのこの文字…主張を幾度か目にし、我が輩は幾度も思ってきて…
そして我が輩はそれに幾度目を背けてきたことか……
いつからのことだったか…
好んでいた筈の、ヤコの見せる一面に、いつから困惑するようになったのか。
いつから、意識して目を背けるようになったのか…
こうして思い惑うのは、もう幾度になることか……
これでは、ヤコに関しては思い惑ってこそ我が輩…になってしまう。
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