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〜かけちがう〜 03

 ヤコは血色を失っていた。
 妙なのは顔色だけではない。呆然とつっ立っているのは、すぐに言葉が出てこないからのようだったが、
「……ねうろ…は…」
 漸く我が輩に何事か問いかけようとする。ひどくたどたどしい声だ。

「…何だ」
「…………
 ううん…
 今更…なんだよね。
 うん、わかって、る」
「……
 貴様、何を言っているのだ?」
「……」
 ヤコは答えず、ただ俯くのみだった。


 唐突に、ここまで様子が一変するとは。何なのだろうか…

 立ち上がると、ヤコは一瞬びくつき身体を震わせた。
 あからさまに警戒されているようにしか見えない。そのような素振りは非常に不快だ。
 歩み寄り、項垂れたまま硬直しているヤコを見下ろす。中指を顎に掛け顔を上げさせると…今度は視線が泳ぎ気味だった。

 やや白くなった顔色に、あまり見ない表情。思わず笑んでしまった我が輩だが…

 いったい何だというのか、先程の会話を順を追って思い返してみるが、何を発端としているかなど、我が輩には解らなかった。

 解る筈がないともいえようが。


 一方アカネは、しばしの間ヤコをただ眺めている我が輩を…我々をいつものように眺めていたようだったが、突然髪を跳ね上げ、急いで壁紙の向こうに潜りこんでいった。

 その慌ただしさを視界の端に見、再び笑いがこみあげる。
 だが、あれはあれで気を利かせたつもりなのだろう。つくづく余計な気を回すものだ。…勿論悪く思う筈もないが。

 ならば…
 その気の利かせ方に応えてやるのも良いな…




 きっかけを、きっかけすら転嫁するか…我が輩は。

 少しばかり可笑しくなる。


 そんな滑稽で興醒めな感情を追いやるように、ヤコの足を引っ掛けソファに倒す。我が輩もすぐさま覆い被さり…噛みつくように口付けた。

 …が、すぐに違和感を感じた。目を開き見ると、いっぱいに見開かれている、眼下の瞳。
 いつもより色素が薄く、揺らいでいるように見えるのは、常にない程の潤みを湛えているからのようだ。
 我が輩と目が合うと、ヤコは慌てて目を閉じる。眉根は寄り、歪んでいた。

 数時間前とはまるで違う反応だ。
 いや、『違う反応』などではない。反応そのものがないのだ…


 見覚えがないわけではない、そのようなヤコの様子は。



 ……これはまるで、“あのとき”の……



 …実に嫌なことを思い出したものだ。


 一旦顔を離すと、ヤコは忽ち顔を背ける。漸く息を継いだのか、荒い息と共に軽い咳を漏らした。

「………」
 再び沸き上がる嫌な思考を払拭するように、ヤコの手に絡ませたままの我が手の力を込める。
 顎を捉えこちらに向かせ、
「どうした?
 ……もしや、忘れてしまったのか?」
 触れるか触れないかという至近距離から、言葉と声音に揶揄を殊更に滲ませて囁くと、果たしてヤコは顔を真っ赤に染めた。
 …が、それ以上の応えはなかった。




 解っている。忘れてしまうなど有り得ない。ならば何故…?
 それは一向に解らない。

 だが、解らなかろうと応えなかろうと、触れることは容易い。

 捉えた手の力を強め、距離を詰めるだけのこと。


 容易いからこそ…

 応える気などないことが解るのだ。

 本気で拒んでいることも、また同時に。

 我が輩のスーツの襟元を強く掴む腕を突っぱねようと力を込めている。
 先程の様子も当然、拒絶の顕れ。気に喰わん態度であることだ。

 ヤコのくせに、何と生意気な。



 その反面…
 いや増すばかりの不快な気分と相俟り、同じように増してゆく我が輩の中の感情を自覚する。
 不快に勝り、沸き上がるに任せる感情…「欲」が、頬を挟み込んだ掌の力を籠めさせる。




 あぁ…
 このまま、感情の赴くまま…いっそ、このまま…

 それも、悪くないか……



 幾度思ってきたことか知れないが。



 眉をいっそうひそめさせたヤコの頬に唇を伝わらせると、変わった「味」を感じた。
 涙ではない。ならば汗であろうが、いつもの汗の「味」とも違う。
 触れた指先が、身体の固さを伝えてきた。
 声一つ漏らさない。

 そこまで嫌がるのならば興醒めでしかない。止めれば良い話なのだが、早鐘のような鼓動と、特有の体の熱さはいつもと変わらずにある。
 それらを感じる以上、コレに触れずに措くのは、あまりにも惜しい。

 流石の我が輩でも、身勝手なものだとこころ内で苦笑してしまう。



 嫌がる様子にそそられ、嫌がる者を手籠めにする趣向など我が輩は持たん。それが出来る我が輩ならば、とうの昔に我々の関係は変わっていただろう。


 今とて、どうせどこかで必ずこの行為を断つことになるのだから。


 それは…
 何故なのか?




 疑問が我が輩自身に向く。埒もあかないことを考えながら、それでもヤコの唇を求め続けてやまない。だが突然、
「……!」
 唇に刺激が走った。噛みつかれたのだ…唇に。


 我が輩がヤコに噛みついたことならばあるが、噛みつかれたのは初めてだ。この程度で傷付くなどは有り得んが、さすがに愕いた。

「何を…」
 咄嗟に離した顔を再び近付け囁き問うと、
「やだ。もう、やだ。こんなんなら、やだ」
 ヤコは身を揉んでまで逃れようとする。

 先程よぎった欲はすっかり消え失せてしまった。結局は、そうなる。
 訳が解らないながら仕方無しに退いてやると、ヤコはすぐさま身を翻し、事務所の片隅に逃れてしまった。



 ややして、ヤコが自分を抱きながら呟いた。
「もぅ……
 あたしを自由にして……」



 言っていることの意味を理解しかねた。


 ……自由…?

 …何を言っているのだ? こいつは……


「何を……」

 返事をしない。正直お手上げだ。ヤコが何に対して拗ねているのか…そもそも何を望んでのことか、まるで解らないのだから。


「……それを、あたしに言わせたいの…?」
 こころの中の呟きを読んだかのように、ヤコはそう言った。ヤコとは思えない程に低い声だった。

「別に聞きたくなぞない」
 そっけなく言ったつもりだったが、思わず溜息が共に漏れる。我ながら情けないものだが。


「…だが、我が輩からは言わせてもらう。
 自由? 何を寝呆けたことを言っている。虫にも劣る貴様が生意気なことを」
 言いながら距離を詰める。ヤコは下を向いていた。些か安堵したような表情だった。
 自分から言っておきながら、我が輩の「聞きたくない」に…言わずに済むことに安堵しているのだろうか…

 難なく捉え、抱きすくめる。抵抗の隙など与えない。油断している方が悪いのだ。






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