main storyU
〜かけちがう〜 02
『それ』は、後々まで忘れることのない、非常に印象深い出来事…そのきっかけとなった……
依頼を果たした後、帰り際。ヤコは飼い主に願い出、飼い主もまた快諾し、携帯に今回要となった小動物の画像を収めていた。“記念”なのだという。
今は事務所への帰路。ヤコはそれを眺めながら機嫌良さそうに歩いている。
今回の『謎』…『事件』の詳細は省くとして…
事務所に届いた封書にあった通り、今回の件は依頼主の愛玩する小動物…ヤコ曰くペット…に端を発し、また事件、『謎』そのものに深く関わってもいた。
「ホント、無事で良かったよねっ」
画面をこちらに見せながらヤコは言った。ヤコにしてみれば、それが一番良いことらしい。
この程度の依頼にしては、法外としか思えん報酬に対してではなく、我が輩が無事食事を終えたことにでもなく。
今回の件で命を落とすものはなかった。それも安堵する要素なのだろう。ヤコらしい短絡な思考回路ではある。だが、我が輩の食事よりも重要と思っているらしき様子と発言は、どうにも気に喰わん。
…が、我が輩は黙って差し出された先…ヤコの手元を覗く。小さいディスプレイにおさまった小さき命を。
『可愛いですね』
撮影する時に、ヤコはしみじみと、こころからとわかる言葉を口にし、それを撫で回していた。それはうっとりと目を細め、飼い主はといえば、満更でもないような表情だった。
我が輩には“可愛い”という類いの好ましさなど解らん。こんなものに人間は振り回されるのか…と、思うだけだ。
だが事実『謎』は発生した。それに限っていうならば、我が輩にとって有難い顛末ではあるが、些か不可解でもあった。些かどころか、全く以て理解出来んのだ。
人間の情念の対象は、何も同じ人間であるとは限らない。
更には、『謎』のきっかけなど些細なことでしかないものなのだ。今回に限ったことではなく、これまでも多々あった。全ては、関わってゆく人間次第ということだ。
それが、どう構築され加味され、我が輩の食事として完成するか…我が輩にとっては、そこだけが肝心。いつでも結果だけが重要であり、発端などどうでも良い。本来ならば。
ヤコの様子から多少“きっかけ”が気になった。ただそれだけのことで、この一件そのものは、記憶する価値などなく、食してしまえばそれまで。
いつもと何ら変わり映えのしない…『謎』としては小粒に違いなく、腹を満たすには程遠いものでしかなかった…筈なのだ。
「どうしたの…?」
ヤコが唐突に我が輩を覗き込んで問う。
「…何がだ」
「なんだか浮かない顔してるからさ」
ヤコに言われて漸く、つまらぬことに思考を巡らせていた自分に気が付いた。しかもヤコに指摘される程表情に出してしまうのは、今日はじめてのことではない。
我が輩としたことが…
「…貴様が気にすることではない」
素っ気なく返すと、ヤコは肩をすくめた。
「そ。今日のネウロって、そうゆうの目立つね」
「……」
「それってやっぱ、いつものように薄味の『謎』だったから?」
「…まあ、そんなところだ」
「ふーん。それでもあたしは、今日の依頼は良かったと思うよ。誰も死ななかったし、血みどろな光景を見てもいないし」
…我が輩…ひいては『謎』に関わって随分経つというのに、何とも甘い。
甘いに違いないが、ヒトたるヤコらしい意見ではある…とも、思う。
「解決が遅ければ、そうなったかもしれんがな」
「…まー、確かに、ね」
「実に残念だな」
「こら。新鮮な『謎』の方がいいんでしょ。物騒なこと言わないの」
「甘いな。考えが」
「………まあ、ね」
ヤコが黙る。的を射ているからこそであろうか。
『いつもこんなだったらいいのに…』
…小粒でしかない『謎』ではあったが。
そこに目を瞑りさえすれば、これほど容易く得られるのならば…と、我が輩も思わなくもない。
事務所に戻り、我々はとりとめのない話をしていた。専ら、ヤコが先程の件をアカネに報告する、そのついでの雑談なのだが。
「そういえば…」
話の端々で、ふと思い出したことを、タイミングを捉えて口にしてみた。
「何?」
「最初に貴様、ペット絡みの『謎』なんてあるのかと言っていたろう。実のところ、我が輩もそう思っていたのだった」
「なんだ、同じだったんじゃん」
笑いを堪えるような表情でヤコは言った。我が輩を揶揄する口振りでも、あった。
「我が輩それなりに長いこと人間と関わってきたつもりだったが、今日は本当に、面白いというか興味が尽きんというか…そう思わされたな」
「へぇ…ネウロがそんなに考える程だったんだ」
「少し考えただけだがな」
「ふぅん…」
ヤコは何を思うのか、感慨深げだった。
「だけど、『謎』のきっかけになるほど大事な存在なんだし、もしもあの仔がいなくなったら、飼い主さん、すごく哀しむんだろうね。あんなに可愛がってるんだしね」
さらりと言う様子に少し驚いた。
何故かは解らんのだが、ちりちりと胸底を擽るような微かな感覚がある。
「…そういうものか?」
「そういうものだよ。ウチにはペットいないけど、それでもわかるよ」
『そうかもしれないねー』
我々の会話を聞いていたアカネまでが同意を示し揺れていた。ならばやはり、そういう…ものなのか。
“それ”は、存在そのものが『進化』し得るのだ。定まった寿命からしても、明らかに先立つものであることは明白であるにも関わらず。
「そうか……ならば、尚更だな」
「?」
余程興味深いものか、秘書デスクに肘を置いたヤコが身を乗り出していた。
「割りきれぬ存在のモノを極々身近に抱え込む心理なぞ、我が輩には理解出来んな」
ヤコが、そのままの姿勢で固まったのが、見てとれた。
我が輩としては、率直な意見を述べたまでだ。
精神面、経済面…何でも良いが、どうあっても対等にはなり得ぬ存在への、詮無き思い入れそのものに対して。
だが同時に……
―割りきれぬ存在のモノを身近に抱え込む心理なぞ……―
我ながら白々しい科白であることだ…そうとも思った。
我が輩は、以前にも似た科白を口にしたことがある。
―ひとりの女に固執する気持ちはわからんが―
あのときは本当に理解しかねたのだ。
だが、我が輩とて僅かながらであれ変化している。今は、多少ではあるが理解出来る。
対象が違うだけだ。ヒトならば、対象がヒトではなくとも、それは成立しよう。
それも、今回の事例で解っている。
そう…
結局我が輩は、“理解”しているのだろう。
[*前P][次P#]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!