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〜有限の…〜 4−02
「馬鹿馬鹿しいことを考えるものだな。まこと、貴様のどこに建設的な思考があるやら。ミジンコ脳の持ち主の貴様に、そんなものがあるなど、はじめから思ってもいないが」
「…うるさいなぁ」
「家政婦ならば、不躾にヤコの部屋にくることなどしないだろう。ここに我が輩がいるなど、誰も気付きはせんし思いよりもしない」
「そりゃ、そうかもだけどさ」
「貴様がやたら喚いたりなどせず、平常心を保っていれば良いだけのことだ」
「……」
弥子は頬を膨らませる。指を離す直前、頬を軽くひと撫でしながら、ネウロは、
―家人の留守中に男を引っ張り込んだ女の焦りとは、このような感じなのだろうか―
そう、思い、また笑みを漏らした。
正確にはネウロが突然押しかけたのであり、しかも結果的に既成事実はなくとも、そうとも言い切れない事実ならば、ある。
実際、助手が探偵の…男が少女の部屋で一晩を共にしていたのだから、はたから見れば、弁解の余地はない。
それをより敏感にリアルに感じてしまう弥子からすれば、『既成事実』が有っても無くても同じことなのだ。
美和子がやって来たのは、弥子が目覚める一時間も前のことだ。
だが、入り慣れた敷地内に踏み込むなり何らかの違和感を感じたらしく、少々戸惑っている様子を、ネウロが念の為見張りにと玄関周辺に置いていた蟲が伝えてきた。
ふたりが一晩を過ごしたこの家はそれまで、ふたりだけが在る隔たれた空間…結界を有していたが故のこと。
ネウロの意図しての現象ではなかったが…
それは確かに存在し、
それは美和子を戸惑わせ、
…そして、それを破り入り込む者の気配に、ネウロは目覚め…
結界を生じさせた自覚がなかった分、ネウロは驚きもし、同時に、そして瞬時に、己と少女以外を拒絶していた『壁』というべき気配を消したのだ。
それは同時に、長かったような短かったようなときの終わりを告げていた……
「…お願いだから、美和子さんや近所の人に見つからないように事務所帰ってよ」
「ヤコに言われなくとも、わかっている」
「ふん、だ。わかってるけどさ。でも、一応」
ぶつぶつと唇を尖らせ、弥子は一度は顔を背けたが、
「ていうか、そろそろ着替えたい、んだけど…」
困ったように魔人を見上げて言った。
「そうか、では我が輩も……」
「ん」
立ち去り難い感情には気付かぬ振りをする。弥子もきっと同じなのだと…そうあるべきだと…想いつつ願いつつ……
「…ねぇ、ネウロ」
弥子が呼びかけた時には、ネウロはもう窓枠に手をかけていたが、背に追い縋るような声に振り返る。
「昨日はああ言ったけど、さ。用事が済んだら、なるべく早く事務所帰るからね、あたし」
少女は笑っている。魔人もまた、笑った。
一旦かけた手を離し、再び弥子の傍へ行き、ベッドの縁に手をかけ、覗き込む。
「…良い心がけだな」
「それほどでも、ないよ…」
そろりと顔に触れると、
「朝起き抜けは、ちょっと……」
俯き顔を背ける弥子の反応は魔人にとって不可解だったが、構わず口付ける。指一本で容易に引き上げられ、躊躇いつつも自分を見上げる顔のそこかしこに。
「…やだって言っても、聞いてくれないよね」
「ああ、聞こえんな」
「………」
交わされることばは近付いてゆく。そうして…重なる。
日常というリミットは目前。しかし…そのときだけは失念する。ふたりとも……
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