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〜有限の…〜 3−06

 忘れたことがないなどと、貴様はさらりと言ってのけるか…



 遠くない過去、我が輩との関わりを含めたことごとくを忘れ果てた…
 そのような事件などなかったかのような口振りは小憎らしい。


 だが……


 薄闇を憚り囁かれた声は、聴覚に心地よく響き、こころを揺らした。
 その程度の嘘なぞ不問にしてやっても構わんか…この我が輩に、そう思わせる程に。




「ね、一緒に寝よ?」
「………」
 続いて紡がれた、舌足らずともいえる甘えた囁き声。特に驚きはしなかったが、躊躇いを生じさせはした。
 強制力など欠片程も伴わないにも関わらず、抗い難い響きを持つことば、懇願…まこと、小生意気としかいいようがない。
 そのさまは、ふと、あの頃の『ヤコ』を思い出させ…

 無自覚のあどけない言動が、我が輩をどれだけ振り回し苦心させているかなど、ヤコは知りもしない。
 また同時に、我が輩を余程『信用』している証…でもあろうか。



 数時間前に我が輩と密着し、我が輩に触れられ、自分がどうなったか。覚えていない訳がなかろうが、酔いが醒めきっていないせいでもあるのだろう。
 普段ならば決してそのようなことは言わない。思えば、そのような機会を持ったこともなかったが。



「…イヤなの? やっぱり天井がいいのかな。せっかく…」
「……」


―せっかく―



 全く、ヤコという女は…


 溜息をひとつ吐き、先程かけてやった毛布をつまみ上げ…我が輩はヤコの隣に身を滑らせる。


 布地の中の空間は、ひときわ熱く湿っている。濃い空気がヤコに直接纏わりついている。
 一瞬くらりとしかけるが。


「…狭いな。確かに天井の方がマシだ」
「文句言うなってば。仕方ないじゃん、シングルベッドなんだから。
 …あんたの図体が規格外なの」

 そう、互いに悪態を囁きつつも……


 ヤコは眠たげに我が輩の胸に頭を預ける。
 我が輩は、その小さな頭を更に我が胸に押し付ける。

 顔を見ずに…見られずに済むように……


 思った通り、先程のような突き上げる感情を覚えないのは、ヤコに煽情的な媚態を認められないからだろう。
 熱い身体は単なる名残。酔いの余韻。そして眠気の為せる事象。


 それでも。

 我が輩は、脚をそろりと引っ掛け絡ませる。
 革手袋越しの手指や、唇以外で肌の柔らかさと体温を感じる。存外に新鮮な感触を…感触だけを追い求め、更に絡ませ。
 ヤコは一瞬だけ身体を強ばらせたが、ひとつふたつの呼吸毎に、ちからを抜いてゆき、躊躇いがちに、腕を我が輩の身体に回し…

 身体だけは密着を深めてゆく。




 こうしているうちに、ヤコはまた眠るのだろう。いや、既に眠りかけている。



 今は睡魔に囚われた、どこまでも罪深き…

 そして…愛しい…

 裸の我が奴隷



 互いに捕らえ囚われている筈が…


 我が輩だけが、身動きもままならず、我が意すら思うままにならず…

 頑なとなり、また時に振り回される。

 懐のうちに収めた小さな存在が引き起こし増幅している……




 まこと、魔人たる我が輩が、このような有様に甘んじるとは。



 全く以て、喰えない“謎”

 厄介なものだ……








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あきゅろす。
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