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〜有限の…〜 3−02
「…服なぞ、いつでも着れるだろうに」
ややして、壁に視線を転じつつ我が輩が言うと、ヤコは目をいっぱいに見開いた。
的外れな科白を口にしたのであろう程度のことは、我が輩十分判っている。
「そうじゃなくって!」
ヤコは肘を突っぱね勢いよく起き上がろうとする。が、一時的に貧血を引き起こしたものか、音を立てて頭を落としてしまった。
全く、脆弱なものだ。せめて、煮えたぎり障気みなぎる泉に日がな一日浸かっていられるようでなければ…と思うのだが。
「…では貴様は何を謝るのだ」
「………」
黙り込んでしまったヤコは、恥ずかし紛れにか、顔を隠そうと自分の身体を覆う上着を引き上げる。
白い腿が露になり、ヤコは漸く、手にした布が何であるか気付いたようだった。
「………」
赤く染まった頬が、また濃さを増す。
身体を被い隠すものが我が輩の上着…ということに気付いた程度、で…
「見てない…よね?」
掴んだ上着を弄びながら短く問う声は掠れて…
今更何だと思いはしたが、それは我が輩自身にこそいえるのだ…とも、思い到る。
「…まさか」
我が輩が手ずからヤコを脱がせはしたものの、決定的な箇所を晒すことはなかった。何しろ、正面を向いていないのだから。
そして…我が輩は今だ目にしていない。背中、或いは布地一つを隔てとして。
「そか」
そのことを、ヤコはすんなり納得する。
…それもそれで癪に感じるのが、奇妙で、また可笑くもあり…
ヤコは、じっとこちらを見上げている。一体何を考えているというのか……
「……あたしばっかり、ゴメンね」
間をおいて、ぽつりと呟く。
「………」
―あたしばっかり、ゴメンね―
成就しなかったこもごもを指していることを、我が輩は漸く理解した。恥ずかしそうなヤコの様子に確信する。
笑ってしまえば、この女は怒るに違いない。勇気を出しやっとの思いで宣ったようなので。
だが我が輩は、笑い声を留めることが出来かねたのだ。
案の定ヤコは頬を膨らませ、
「そこで笑うな!」
掠れた声で非難した。
「悪く思うな。可笑しいのだから仕方なかろう。
…それで貴様は何を申し訳なく思う?
つまびらかに言ってくれんと、我が輩にはわからん」
「白々し…
それに、詳しく具体的になんて言えるか。あんた、そんなこと言っててホントはわかってんでしょ?」
「…さあ…
“鈍感”な我が輩だからな。そのあたりの機知には疎いのだ」
「さっきと言ってることが違うっ」
「ほう? さっき…とは?」
「…ッ。重ねて訊くな!」
「まぁ…どうでも良いことだ。我が輩が鈍感であろうが敏感であろうが」
「…………」
黙るヤコ。途切れる会話。
―でも、あたしの反応にはビンカン。そういうこと…だね―
聴こえた、『声』
そして…笑うヤコ。
単純に嬉しそうな様が、可笑しくも可愛くもあり……
『声』で図星を突かれたが、認めてなんぞ、やらん。言えば薮蛇になろう。
…どちらにとっても…
―だけど…
だけど…どうして…?
どうして、今まで……―
ヤコは再び見上げ…
この『声』が届くと確信して発している様子。
我が輩は、『聴こえない』ふりをした。
…せねば、ならなかった。
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