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short
嘆く夜は長く


 眠れない……



 特に明確なきっかけはない。

 いつものように、事務所から自宅に帰ってごはん食べて、テレビを見たり、お母さんとおしゃべりして、お風呂に入って。

 いつもの、変わりようのない生活サイクルだった。


 なのに、さて寝ようかとベッドに入ったものの、不安感がじわじわと心を侵して眠れなくなってしまった。

 厄介なのは、きっかけはわからなくても理由はわかってること。根拠のない漠然としたネガティブなんかじゃない。

 今、私の頭の中は経験したことのある感情がリフレインしている。



「あの頃の夜は長かったなぁ……」
 毛布にくるまりながら、私は独りごちる。



 あの頃の、夜……



 ひとりがこわくてさびしくて。いつまでこんななのかなって不安で、なかなか眠りにつけない夜が、どれだけあっただろう。
 だんだん、そんな自分をコントロール出来るようになってきたけれど。そうしてるうち、ネウロが還って来てくれたけれど。


 それを思えば、今は比べようもないくらい幸せだし恵まれてる。日々、ちゃんと私は感じてる。それなのに。

 だけど、何故そう思ってしまうのか、私は自分でわかってる。



 私は…今のあたしは満たされ過ぎてて……
 贅沢にも、貪欲にもなっちゃってるんだ。

 それが逆に、根拠のない不安を呼んでしまうんだ……今、ひとりだから。



 考えが考えを呼ぶ夜は無闇に長い。



「あの頃の夜も、長かったなぁ……」
 知らず、呟いてしまう。



―こんな気持ち、化け物のアイツにはわかんないんだろうなぁ……―


 と、心の中でネウロに八つ当たりするしかない、私。









* * * * *
 もの思うとき、時間の流れが実際より長く感じるという事象は、ヤコと関わるようになってはじめて経験したことだ…………





 夜更け……我が輩は思い立ちヤコの部屋を訪れることにした。訪れるというよりは、押しかけると云った方が正しいのであろうが。

 ヤコとは当然、日中も『謎』喰いに外に連れ立つなり、そうでなくとも事務所に共にいることが常だ。
 今日も多分に漏れずそうであった、にも関わらず、夜が更けるにつれ我が奴隷の顔を見たく……身も蓋もないことを云えばヤコを欲し矢も盾も堪らなくなったが故に。

 明日を待つなどとは思い及びもしない。このようにもの思う夜は、果てなどないと紛う程に長いことを我が輩は知っているからだ。


 コンタクトなど取ることもなく……そもそも必然すら感じていないが……事務所から跳び立ち、程なくしてヤコの部屋の窓から我が身を忍び入れる。
 いわゆる夜這い…ヤコの寝込みを襲うかたちになるのか……そう思うと可笑しさがこみ上げる、が。


 ヤコは寝ておらず、少々驚いた顔をこちらに向け、肘を支えに半分起き上がっていた。そんなヤコの傍らに我が輩は身体を滑り込ませながら、再び横たえさせるべく肩に手を置く。少し力を込めただけだったがヤコは素直に従った。

 共寝の形で寄り添ってやると、

「どうしたの?
 ……どうして、来てくれたの?」

 ヤコがそう囁いたのに内心愕いた。




―来てくれたの?……か……―



「夜長に無沙汰しているのが勿体無く思えてな」
 口にした言葉は、我が輩の…そしてよもや、ヤコも…
 要は、互いの本心そのものであった。

「そっか」
 ヤコは微笑みつつ我が輩の手を取り頬に導き寄せた。

「随分と嬉しそうだな」
「…………」
「我が輩も嬉しいぞ」
「嫌って言っても?」
「思ってもいないことを言うものではない」
「…………」

 囁き交わす声は互いの間の空気のみを微かに揺らす。それはいずれ潜まり、代わりに空気は熱く濃くなってゆく。


 もの思う夜を持て余すなど真っ平だと押しかけたが、上々の『もてなし』を得て、我が輩はせいぜい細やかにヤコを愛でてやる。
 ふたりで紡いでゆく……甘い甘いときを。



 思えば…三年前にも幾度かこのようにヤコの部屋に急襲をかけていたものだったが、面持ちが異なる故か、趣きも異なる気がされるのも面白いものだ。










 睦み疲れにヤコは小さな寝息を立てている。
 常より安らかに見えるのは自惚れかどうなのか。


 我が輩は眠らず、ヤコの寝顔を眺めていた。虐待やお遊び、そしてこうして睦みあうといった密着度の高い触れあいどころか、こうして顔を眺めることすら叶わなかった日々の、何と長かったことか……思い出しつつ。

 たまさか眠りにつくと、決まってこれは夢に現れたものだ。寝ても覚めても纏わりつく存在…別離を決意する前からわかってはいたが、小憎らしく思うときもあった。


 そのような感慨、食い気の勝る能天気な小娘は想像も出来ないのであろう。知らせる気もないのだが。





 寝息が途切れ、ふ、とヤコが目を開けた。


「……いた」
 我が輩を認め、薄く笑ってのひと声に、
「朝からご挨拶だな」
 鼻をつねりつつ言ってやる。

「おはよう。
 ……朝までいてくれてありがと」
 虚を衝かれ返すことばを失った我が輩の首に細い腕が回った。



「あの頃の夜は長かったなぁ……」
「“あの頃”?」
「あんたがいなかった間」
「……今は?」
「短い」
「そうか」

 絡み付く腕の力は強い。



 眠れぬ長い夜を幾度も持て余していた待ち呆けのヤコ、か。

 別の状況、別の表現で類似した感情の吐露を耳にしてはいたものの…幾度聞いても、ヤコの想いを改めて感じ、小気味良く嬉しいものなのだな……



 ヤコを覆うシャツ一枚すら剥ぎ取り一切の隔て無しに、朝から濃厚に絡み合う我々。『あの頃』の感情を甦らせてしまえば、さもあらんことなのだ。






 ヤコをひどく待たせてしまった我が輩だが、勿論のこと、決してわざとではない。

 ピンポイントに『ここ』に戻るのは、それだけ難しいことだったのだ。

 焦燥を飼い慣らしシミュレーションでのトライ&エラーを繰り返し、ただただ…ひたすら“ここ”を…ヤコの傍を目指していたのだ、我が輩は……




 あの頃のことを思えば今現在はほんとうに幸いだ。にも関わらず昨夜のような妙な感情に侵されるのは結局、我々が強欲であるからか。
 それでも…その都度こうして払拭出来るならば、それもそれで構わんか…………








※ ※ ※ ※ ※


職場で若いのが何やら嘆いてまして、それ聞いて


あー、何か嘆いてるなー。嘆くといえば


『嘆きつつ 独り寝る夜の 明くる間は
 いかに久しき ものとかは知る』

(出典によって漢字は微妙に違う)


って和歌があったなー


独り寝の夜は長い、かー。良いネタになるんじゃね?ネウヤコだとあの三年間だろなー

……とか妄想がふくらんでいって出来たお話です



元ネタの方も面白いんですよね

浮気性の旦那さんに日々苦悩してる貴族の奥さまが、とある夜珍しく旦那さんが来たのに、ムカつくから屋敷に入れてやらずにお外で待ちぼうけさせて

『一人(寝)のわびしい夜がどれだけ長いのかアンタわかってんのかワレェ?』

ってぶっちゃけを極限まで雅に詠んだのがあの和歌です(笑)


生真面目だったんだろうなー
すごい美人さんだったらしいけれど、それだけじゃ旦那さんを独占できない悲しさ?


まあ、我が家のネウヤコはいついつまでもお互い一筋ですが!




20210426

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