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short
その指は企みを込めて

 トロイで宿題をしてたら、突然、
「ヤコ」
 ネウロに短く呼ばれた。だから私は、
「ん?」
 同じように短く返す。すると、
「手」
 と、また短くぞんざいに。


 ……それだけじゃ、意味がわからない。


 でも『手』と言われた以上呼び寄せる意図があるのかな…と、私はシャーペンを置いてソファに歩み寄った。

「手?」
「そうだ」
 と、ネウロが左の手のひらを差し出す。
 私からも立ったままで手を差し出すと、ネウロは私の右手の甲を包み込むように握って、手のひらを上に向けて、そこを中指でなぞりだす。


「…………」
 ちょっとばかり、くすぐったい。

 そして、文字…だな、これは……


 何度か繰り返されるんで、答えなきゃならないんだと気付いて、
「……“ド”?」
 と、言ってみたら、口の端でかすかに笑ったネウロの指が、違う文字を辿る。
「…………“レ”……」


―ドレミ…?
 音階、かな……?―


 そして、『イ』……


 むう、『奴隷』と書かずにカタカナで書くのが嫌みたらしいな。



「おおヤコよ。思った通り敏感に読み取るのだな」
「どーも」
 ……何がしたいのやら。

 私にはわからないけど、ネウロ的に面白いのか、また何か文字を綴りだす。



「………
 私・は、
 い・つ・い・か・な・る・時・も、
 ご・主・人・様・で・あ・る、
 脳・噛・ネ・ウ・ロ・を・優・先・し・ま・す……」

 手のひらに綴られる文字を次々と声に出すと、
「殊勝なことだな。自ら下僕宣言とは」
 ネウロはニコニコとご機嫌そうに私を見上げた。

「言わせてるくせに」
 私は、つとめて平静を装って言ってやる。

 わざと声に出してやったんだっての。動揺を密やかに逃がすために。







 ……そう。

 私は密かに動揺していた。


 ネウロはまた別の文字を手のひらに書いて、私はそれに答える。

 何度かそうしてから、ネウロは私を見上げて少し笑って、
『どうした?声が震えているぞ』
 手のひらにそう書いた。


「…………」
 答える言葉が見つからない、私。



 ただ指に文字を綴っていく。
 それを私が当ててやる。それだけの遊び、だけど………

 手のひらに中指を這わされてるだけなのに、それにはじめは、くすぐったさを感じただけだったのに。

 すぐに、手のひらの上のある意味執拗な動きに、もどかしさを伴った変な感覚を覚えはじめてしまって…それは少しずつ強くなっていく。


 ……困る。やめてほしい。

 手を引っ込めたいけど、そんなことしたらネウロを更に面白がらせてしまうから出来ない。
 私は立ったまま、震えを抑えるようにつとめて、手のひらの文字をひたすらに読み上げるしかなかった。


 もう、バレちゃってたけど……




「……まだ、やるの?」
 困り果ててとうとう訊いてしまう。
「こんな伝言ゲーム、すぐに飽きちゃうでしょ?いいかげん……」
 それでもネウロは手を離してくれない。


 ネウロは「フム」と呟いて何か考えてる。
 今更ながらに気付いたけど、私はもう、ネウロの企みのワナにかかりかけてるんだろう。

 何の企みかって……




「では次で最後にしよう」
 不意にネウロが口にしたことが意外で、私は拍子抜けしてしまう。

 でもここで終わりにしてくれるなら、その方がありがたい……



 ネウロがことさらにゆっくりと、私の手のひらに書き出す。

 その文字は……

「“弥”」
「…………」

 そして……
「……“子”」


 私の手のひらに中指を立てたまま黙っているネウロ。
 私は微かな震えが止まらなくなってる。悔しいけど、こんなことで。
 それを確かめる為の沈黙だったのか、ネウロは顔を上げて、
「……ヤコ」
 とても…とても色っぽい笑顔で私の名を呼んだ。




 全く……タチが悪い。




 ネウロが私を呼ぶ時、イントネーションが異国風というか、きっとネウロは頭でも、
『ヤコ』
 って思いながら口にしてるんだろうって思っていた。それで間違いない筈。
 ずっとそうだったし、それでどうとか一度だって思ったことない。


 そこに、突然本当の名前を…あんな微妙な感覚を積み上げた後に書くなんて、ドキッとするじゃない。
 心臓に悪い。何より…その……くすぶっていた妙な気分が嫌でも増幅させられてしまう。


 手のひらの上に止めたままの指が、今度は手首へ、更に腕を、上を目指してゆっくり這っていく。
「…………」
 さすがに手を引っ込めようと腕をよじってしまう。それに乗じて引っ張られて、隣に座らされた。



「……その気にさせる気だったの?」
「特には」



―特には……―


「……ウソばっかり」
 囁いた唇に中指が辿り着く。




 ことばを連ねて口説かれたり、手を変え品を変えてからだに触れるよりも効果的なことをしてくれたけど……
 でもそれはたぶん、私がヘンに敏感になってしまったからで、ネウロはそれを確認しつつ、結局はこういう雰囲気に持ち込むつもりだったんだろう。


 くやしいなぁ……こんなことで…中指一本であっさりと落とされるなんて……何たる不覚。

 そしてコイツの狡猾さよ……

 そう思いつつ、私もネウロの手を取って手のひらに人差し指で文字を綴った。


『構ってほしいなら、もっとストレートに表現しようね』


 ネウロがかすかに笑って…私はそれ以降、文字を綴ることも声を出すことも出来なくなった……









※ ※ ※ ※ ※
大したことない触れ合いでも、時と場合によってはじわじわ性的にきてしまうのではないかと思い付いての話です

何故か出勤途中の電車内で(笑)



何かフェチいというか、本当に大したことしてないのに何だか少しアブノーマルな感じが何故か私的にします

そりゃ、指一本と手のひらだけでって。どんだけ感じやすいんじゃって話ですし



名前の呼び方については、原作の最終巻あたりで、弥子ちゃんの名前が『ネウロが片仮名で呼びやすい』という理由で決まったという意味合いのこと書いてあったので……

片仮名と漢字では受ける印象も違うのではないかと。それっていいなぁと思いつつこの話をかいてった覚えが



読んで下さって、ありがとうございました



20201102

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あきゅろす。
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