short
こころときめきするもの
※未来捏造話に加え、ちょっと暗い話注意
―……すこし曇った鏡を覗きこむと、なんだかドキドキする……って、どこで読んだんだっけ……―
私はそんなことをぼんやりと思いながら、鏡の中の私をまじまじと眺めていた。
「……何だヤコ。鏡の前で百面相なぞしおって」
そこにネウロが、私と鏡の間に顔を出して訊いてくる。
私は苦笑しつつ、
「いや、ね……
曇った鏡に自分を写すと、気になるとことか微妙にボヤけて、ちょっとマシに綺麗に見えるからドキドキするって……
そんなようなの、昔、何かで読んだような覚えがある気がして、さ」
「……枕草子…だな、それは」
「あ…それかも。
うん、それだ」
さすがネウロ。私のモヤモヤの一部を一瞬で晴らしてくれた。
あくまでも、一部…………
私は魔人ネウロの相棒としてパートナーとして、つがいとして……長年一緒に過ごしてきた。
年齢にしては若いと言われ続けてはいるけれど…
それは有り難いことなのだけど……
どうしたって『寄る年波には勝てない』もので。
それを、温度差のせいで結露の曇りを生じさせてた鏡で何となく慰められてるところ、だった…………
ネウロも一応、私の『助手』である手前、見た目の年齢を私に合わせてくれている。
だけど人間なんかより遥かに寿命の長いネウロが、こんな私に合わせてくれてるのが申し訳なくて……
もちろん、いつもはそんなこと考えたりしない。
だけど、私もこんな年齢になって、やっぱりこころ弱くなってしまう時があるのは避けられないんだろう。
ネウロは昔とちっとも変わらない、細く眇めた目で私を見た。
こういう目をするときは、心外だって言いたいってことを……私は長年の付き合いで知っている。
「全く貴様は……
何十年連れ添ってすら、我が輩を見くびってくれるとは、本当にどうしようもないのだな」
果たして、ネウロは思った通りの言葉を口にした。
私が何を考えて…何に憂いているのかなんて、お見通しなのが、また……
「とりあえず、鏡から離れろ」
肩を抱かれて、ソファにいざなわれる。
ソファに揃って座って、
「はじめて逢ったときのことを覚えているか?」
……と、問われる。
「そりゃ……忘れられる訳がないよ」
「フハハハ!!
それもそうだな」
ネウロは快活に笑った。
笑い声はすぐにおさまって……ネウロは真面目な話をするつもりなんだろう。そうすべく、私に向き直った。
「いつか言ってやったかもしれないが……
案の定ヤコは覚えていないようなので、改まって話してやる。
精々感謝するがいいぞ」
「…………」
返答のしようがない私の額に、軽く唇が押し付けられる。
「我が輩がヤコを見つけたとき、そこには確かに光があった。水晶のような宝玉が細かく散り散りになり、それぞれが光を反射したような……
それはヤコ…貴様の涙故であり、ほんとうに微かではあったが…『謎』と共に我が輩の瞳はそれを確実に捉えたのだ」
「…………」
「貴様が我が輩をそれで以て呼び導いたが故に、我々は出逢ったのではないか。
それから……
我が輩がヤコを時も手間も惜しまず磨いてやって貴様は更に輝きを増したのだ。
ヤコの魂は輝いている。それは少しも衰えてなどいないのだぞ」
昔と変わらず、私を抱き込んで……ネウロは私に言い聞かせる。
「さればこそ…
我が輩の貴様への想いも……また変わりようがない。申し訳ないなど、杞憂も大概にするがいい。
……目に見えるものに価値を見い出しがちな貴様ら人間共の悪いところだな」
「………………」
昔の……若かった頃の私なら泣いただろう。だけど私も随分……もちろんネウロ程じゃないけど……長く生きて、ちょっとやそっとじゃ動じないし泣かなくなった。
「でも私は……近いうちにあんたを置いてってしまうんだよ」
やっとの思いで絞りだしたのは……そんな言葉。ネウロは私の額を軽く弾いて、
「我が輩はいつまでも幾度でも待つぞ。貴様を」
「待つ……」
「我々はいずれ必ずまた出逢えるからに決まっていようが」
「また、出逢える……」
私はネウロのことばを反芻するだけになってしまう。
「そうと出来るとはほんとうに素晴らしい。
……ヤコよ、貴様が人間に…輪廻の概念のある人間に生まれてくれたおかげでな」
「…………」
「何、案ずることなどない。
ヤコには及ばずとも、ヤコの代わりを務められる我々の子孫が沢山いるではないか。
その者達が、我が輩の無聊をきっと慰めてくれよう。
ヤコには到底かなわずとも……な」
―そこ、二度言うんだ……―
「だからヤコよ……
何の心煩いもなく、その命終えるときまで我が輩の傍にあれば、それで良いのだ。いいかげん悟るがいい」
―確かに、待ちわびる間はひどく寂しかろうが、な……―
聴こえた『声』と、優しい口づけと柔らかな抱擁が、嬉しい。
残り少ない人生、せめてネウロに心配かけないように…別れのとき、ネウロが幸せだったと思ってもらえるように、ならなきゃ。
「愛してるよ、ネウロ」
「僕も……我が輩もだ。ヤコよ」
本当に本当に……
私は何て稀有なひとと巡り逢えたんだろうって思うしかなくて……
そうして、私はやっぱり泣いてしまうのだった…………
終
※ ※ ※ ※ ※
お風呂に入ってて思い付いた突発話
枕草子の
心ときめきすること(ドキドキすること)
『少し曇った唐鏡を見る』
という一文、解釈が諸説あるようですが、私は敬愛する田辺聖子先生の説を推したいと思って、この度の文章もそれに添って綴りました
それをふまえて……
人間(ていうか、生き物全般)はどうしたって老いますから、ネウヤコも連れ添うなら避けられないそれをしたためた次第です
老いてなお変わらないネウヤコ…いいなコレって(笑)
やっぱり、ちょっと前にかいたshortのネウロさん語りと、かなり前に同じshortにかいた『ほしをみあげて』に雰囲気は似てるけど、まぁ仕方ないかな
読んで下さって感謝です
20200928
<前へ><次へ>
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!