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彼ら的なSD(ソーシャルディスタンス) その前のやりとり


 コホンと咳払いをひとつして、
「ネウロ、提案があります」
 弥子はトロイに座るネウロを見下ろして、そう宣告する。
 ネウロは片目をすがめ、彼女を見上げた。

「何だ改まって。
 当然、却下だ」
「まだ何も言ってないじゃん」
「貧相な頭が考えた提案など、聞く必要などない」
「一回くらい聞いてくれたっていいでしょ」
「…………」
 応酬が途切れ、黙って弥子を見上げたままのネウロを弥子は訝しむ。
「何よ」

 ネウロは一旦彼女から視線を外し、ふっ…と笑みを漏らしてから言った。
「……貴様のことだ。時世に合わせて密を避けようとでも言いたいのだろう?」
 それに、ぎくりと弥子が体を震わせる。

「……何で読むのよ」
 この場合の“読む”とは、心の中のこと。

 ネウロが弥子の…
 弥子がネウロの…

 互いの心が読める事象が時折生じることなど当然である前提で、ふたりの会話は続く。


「読んだのではない。貴様の単純な思考など読むまでもないからな」
「自慢すんな」
 やれやれというジェスチャーを伴い、弥子は溜息混じりに言い捨てた。

 ネウロは動じることなどなく、
「もう一度言うぞ。却下だ。
 そして我が輩は、ヤコがそのような提案をしてくることが嘆かわしい」
 にべもなく言い放つのみ。

「でもさ、いつどこで“もらっちゃう”かわかんないんだしー」
「……我が輩は嫌だと言っているのだが」
「…………」


―話にならないなー……
 そもそも、話として成立させる気なさそう―

 顔を傾け少しばかり思案顔となる弥子。ネウロが提案を却下するのは簡単に予想出来た筈であったのに、先読まれ言い出すことすら出来なかったせいか頭から抜け落ちていたようだった。


「第一、ヤコ…貴様はそのようなモノに侵されるようには我が輩には思えんのだが。
 今や日本のみならず世界的に著名なヤコが、何にビクつく必要があろうか」
「だからこそでもあるし、それに、それとこれとは別問題だし」
「そもそも、何故そのように思い至ったのやら」
「…………
 あんたにはどーせわかんないだろうけど、こういう時にも通常運転のあんたの態度…ううん、距離感は目立つと思うのよ」
「ならば、外部向けのパフォーマンスだけでも十分ではないか」
「うーん、それでもまぁ、いいんだけど」
 眉根を寄せる弥子の態度が気に入らないのか、ネウロは鼻を鳴らした。

「ならばそうするだけだ。
 ……突然倦怠期のようなことを思い立つのでどうしたのかと思ったぞ我が輩は」
 意外な単語がネウロの口から出たので、弥子は一瞬吹き出した。
「倦怠期は見当違い過ぎない?
 だいたいね、あたし達はいつだって密なんだから、少しは離れてたってたいした問題じゃ……」
「…………」
 鋭い視線に弥子は一瞬怯み言葉を途切れさせてしまう。
「ないハズ……でしょ」
「…………」


 ネウロは軽く溜息を吐く。
「……貴様はともかく、魔人である我が輩が我が身にウイルスなんぞの侵入を許す筈がなかろうに」
 そっぽを向きながらの言葉に、弥子は、
「あたしはともかく……あんたはね。確かに」
 今更何だ…と思いつつ相槌を打った。
「だが、妙な症状に煩わさせることがある…どころかしょっちゅう見舞われているのだぞ。こう見えて」
「……へー……
 いつから?」
「それこそ、この地上に降り立って暫ししてから、今に至るまで」
「…………」
 弥子は、魔人が何を言わんとしているか探る瞳となる。


「本来貴様を我が輩は、閉じ込めて誰の目にも触れないようにしておきたいと常々思っているのだ。
 おかしいだろう?下等生物…ミジンコで奴隷の貴様を、この我が輩が、3年も前から変わらず…だぞ」
「…………」
「『探偵』としても、我が輩の食事『謎解き』に関しても本末転倒でしかないので実現など有り得ないが…な」
「…………」
「故に、貴様に『距離をおこう』などと言われるのが心外でならないのだ。それで平気だという貴様を我が輩は容認出来ないのだ」


―あぁ、やっぱり……―

 弥子は、このようなことを口にする魔人に『密を避ける』提案をするなどしたところで聞き入れられる訳がないのだと、今更ながらに思い知る。


「それって……」
 それ以上言わなかった。ただ気付いたという意思表示の為にのみ、弥子はその一言を口にのぼらせる。


 一方、それらを逐一見聞きしていた秘書のあかねは、

―恋の病…だね。
 弥子ちゃんも、無粋すぎること言っちゃったものだこと。
 聞いている私は楽しくてしようがないけど、ネウロ様はきっと必死なんだろうな……―

 などと思いつつ、密かにふるふると三つ編みをゆらす。





「あっ、もうこんな時間。この後雑誌の取材が入ってるんだよね確か。準備しないと!」
 場の雰囲気を変えるが如く、弥子は声音が明るくなるよう努めて言った。

 丁度そのタイミングで事務所のドアがノックされる。自分が赤い顔をしていないか咄嗟に確認し、『探偵』は客人を出迎えた。


「どうぞこちらに」
 某雑誌の記者とカメラマンを『助手』はソファに促し、『探偵』は、
「……どうぞ」
 と、コーヒーをテーブルに置き、客人と対面してソファに腰掛ける。

 直後、ネウロは弥子の隣に、少々の距離をおいて座った。
「……?」
 弥子が訝しげな視線をネウロに向ける。
 いつもならば、ソファに座った弥子の斜め後ろに立つのが『助手』ネウロの定位置だからだ。


―ま、何だかんだ言って距離とってくれてるからいいか―


 そう、思ったのも束の間……

「!!」
 ネウロの左手がすっと弥子の右手を捉えた。
 再び弥子が隣に視線を向けるが、ネウロは捉えどころのない笑顔のまま前を向き、それでも小指だけを繋いで、繋いだ両手をソファの上に落ち着かせた。



―……このやろ……―

 ここまで自然に大胆にされると、弥子も腹が決まる。何食わぬ顔をして記者達の方を向き、
「よろしくお願いします」
 と、いつもより割増の営業スマイルをうかべるのだった……





終わり
※ ※ ※ ※ ※


最近、時系列を逆にするの目立つな……

再びの時事ネタです

昨今世間を騒がせまくっているあれはネウロさんには全然ききはしないだろうけど、恋の病なら……って思ったら、先週更新した話の前の話の流れにした方が良かろうて……と相成りました

話の展開上、弥子ちゃんが少しドライっぽくなっちゃったかなーと反省

でも、こういう人間臭いネウロさんが私は好きなんだろうなー(笑)




20200831

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あきゅろす。
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