short 月の御許に とある夕刻のこと。ネウロが唐突に言った。 「ヤコ、ドライブに行くぞ」 ……相変わらず突拍子もないことを…… しかも、もうビルの下には車が用意されてるとな。 また吾代さんに無理難題吹っ掛けて泣かせたな…誰がフォローしてると思ってんの! 「……どこに行くってのよ。そのドライブに行く先に謎でもあるの?」 何となく警戒心が先に立って訊いてしまうけど、ネウロは胡散臭い笑顔を向けるだけで答えなかった。 うーん………… 限りなく、怪しい。 だけど助手席に放り込まれればもう逃げ場はない。あたしはため息を吐きつつシートベルトを締めた。 …意外にも街中では普通に運転してる。なんだ。やれば出来るんじゃん…… ……なんて…まぁ、ね。当然そのままでいくわけなんかないワケで。 市街を出てからの、突然のスピードアップとハンドルさばき。 シートベルト締めても腕を突っ張らかってても体をぶっつけそうな揺れに無我夢中で耐えてたら… 目的地に着いたっぽい。 ちょっと酔い気味になって、やれやれと外に出る。辺りはすっかり真っ暗。 そこは、どこぞの山の中の峠道だった。 街明かりが眼下に広がる… 見晴らしが良いと言えば聞こえはいいけど、要は街灯もない、狭い山道ですれ違う為だけにあるような所。 空に雲も、付近に明かりもないだけに、見事なまでの、満天の星が瞬いていた。 「………… 暗きより暗き道にぞ入りぬべき 遥かに照らせ山の端の月」 唐突にネウロが呟いたので、釣られて見れば、日没から遅れて昇ってきた痩せた月が(たぶんあっちは東方向?に)見えた。 「……何? もしかして和歌?」 「そんなことも知らんのか」 「…………」 「平安時代の和泉式部とかいう女の和歌だそうだ。 闇より更なる闇に立ち入りそうな愚かな自分を、山の稜線に浮かぶ月よ、高く照らし導いてくれ…… …………とやら。 仏教が下地にあるので月は本来西の方角のようだが、細かいことはまぁ置いておくとして」 「………………」 ほんのちょっとだけ、コイツが何を云わんとしてるのか…わかったような気がした。 それにしても、こんなことのために……っていうと、これほどの見事な光景なのに失礼だけど……労力を惜しまないネウロがちょっと信じられなくて…… 素直に感嘆したくても、何でかどうしてか警戒してしまう自分が、いる。 「ちなみに和泉式部は、車中で事に及んだことを赤裸々に綴ったことでも有名なのは知っているか?」 ……また唐突に、何だその雑学は…… って思ってたら、抱えられてまた車の中に放り込まれる。 ネウロの語った内容は、後から遅れて脳内で意味を成して理解する……と同時に、その時にはもう、倒されたシートにあたしは押し付けられてた。 ……えーっと、何だったっけ…… 『車中で事に及んだ……』 んんんんんん?? いやいや、まさかそれだけのためになんて。 ……冗談だよね? もはや心の中で突っ込んでみるしかないのは、あたしはもうとっくにネウロの思惑にハマってしまってたこと… そんで、ネウロが満足するまで逃れられないことを痛感してるから。 それでも、それでも、思う。 ―こーの、物好きの好き者があぁ……!!― ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 久しぶり過ぎるshortです ていうか、更新じたいが久しぶり。ちょいちょい手直しはしてましたが それはともかく 和泉式部さんには心から謝りたい……(苦笑) こんないかがわしい文章に和泉式部日記の記述や有名な和歌を使わせていただきましたが、私が和泉式部さんの和歌で一番好きなのは とどめおきて誰をあはれと思ふらむ 子はまさるらむ 子はまさりけり です 和泉式部さんは、特に性愛に限らず広義な愛に満ちた方だったんでしょうね 20191230 はた <前へ><次へ> |