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short
ひとのゆめ

 ぽつりぽつりと…



 ヤコはソファに横たわる我が輩に寄り掛かり、眠たげにしている。眠らんようにと身じろぎするのか、時折鎖の重硬な音がする。

「ヤコ…」
「んー…」

 返事がある。手をのばせばヤコがいる。軽く髪に触れる。
 今の我が輩ですら、か細くはかないと思える、存在に…

 そうすることも、そう思いを馳せることも、“しばし”出来なくなる……


 覚悟はあれど、それで全て決するわけでもないようだ。


「我が輩も“人”なのでな…」

「ん…?」
 ヤコは我が輩の胸に気だるげに頭を預け、気だるげな返事をした。
 表情は見えないが…その方が都合が良い。

「夢を見る」
「ふぅん…」
「…だから…貴様らと同じはかない命なのだ」
「…?」
「我が輩とて、いつ消えて無くなるかはわからん。
 …もしかすると、貴様より早くそうなるかも…な」
 機に乗じて再び吐露してしまうのは…
 この、ただひとりの人間と離れがたい本心に裏打ちされた弱音でしかない。

 だからこそ、今しか言えん。


「嫌!」
 ヤコはいきなり頭を上げ、我が輩に縋りつこうとして鎖に阻まれそうになる。
 我が輩は咄嗟に鎖を切った。


「嫌! 嫌!
 ……嫌……!」
 最早言葉を見つけ出せないのか、我が輩の首に抱きつきながら、ただひとことを泣き叫ぶのみの小娘に……

 ……我が輩と同じ、覚悟してもしきれない想いを見た心地がした……


「無様に泣くな」
「…っ…
 泣いてない…っ」

 生きとし生ける者全てに等しく与えられた理だろうに……


 泣いていないというのは半分嘘だ。堪えられない涙が、耐え忍ぶのに難儀する歪んだ表情の眦から滲んでいる。
 もう泣かないと誓った故の健気さが、今の我が輩には残酷な仕打ちでもあった。



 あぁ…

 このようなときに、ちから無き我が輩であるとは。

 このような我が輩でなかったならば。

 この娘を抱いて、愛でて、互いのこころをいっときでも僅かにでも安らげることが出来たのかも知れぬのに……


 長く深い口付けは、その代償にしては互いの想いを…口には出来ないほんとうの感情を…互いに知らしめすに十分すぎた。


 そうして……
 ヤコは眠ってしまった。

 この娘は強い。きっと立ち上がり歩み、必ず羽ばたいてゆける。我が輩が傍にいなくとも。


 ……今しがたの会話を、眠気に紛れさせて……




 何者かが来る気配に気付き、我が輩はヤコを床に横たえ、眦に溜まる涙を舌で舐め取った。



―しばしのお別れだ…ヤコ…―





 儚い命は儚からぬ夢を見る。


 この女と再び逢いまみえる未来を。

 再び、この女をこの腕で抱ける、日々を……






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あきゅろす。
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