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光なき夜に捧ぐ子守唄(2)

 だが実際、あまりの余韻のせいか、顔は青ざめ、身体は震えている。
 珍しいことだと思い、その夢とやらに興味が沸いた。『また…』というのも、気にかかる。

 ヤコは自分を抱きながら、
「瓦礫がいっぱい…人の死体がいっぱい…
 そんな街を、月が照らしてる。月明かりにしては、辺りがすごく明るくて…ずっと遠くまで見渡せて…
 そんな光景を、あたしはどこからか、見てる。
 すごく静かで…すごく寂しくて……」
「………」


 若干震えが残る声で語られたそれは、映画等でよく見られる、“近未来”の荒廃したビジョンのようだ。
 魔界では見慣れていた光景…でもある。

 たかだか夢…非現実のものを見たに過ぎない…にも関わらず、これほどまで怯えるとは、余程のリアリティがあったということなのだろう。

 ヤコは存外に感受性が鋭い面も持ち合わせている。悪意にあてられ続けた精神が、悪夢を見てふと弱まったからだったのかと、漸く合点がいった。



「人間てさ、どうして、そこまでして争うのかな」
 まるで、夢の中のことが現実であるかのように、ヤコは我が輩に問うた。

「一言で言えば、エゴだろう。人間単体だろうが複数だろうが変わりはない」
「……アバウトすぎる。ミもフタもない」
 何を言うのやら。我が輩に意見を求めておいて。

「他者の存在そのものを否定すること…それそのものが…
 求めるものが有り己の内の何がしかを満たすべく高じてゆく欲を叶える手段の一つだからに決まっているだろうが。
 多少の例外はあったが、これまで我々が関わってきた事件は、元を辿れば大概そうではなかったか?」

 語りながら、あぁ…そういえば、「ヤコの笑顔を加工する為」という悪趣味な動機で『謎』を作った輩もいたことを思い出した。

 それもこれも、元を辿れば願望…欲が引き起こす。ヤコの言う通り、身も蓋もなかろうが。


「…ネウロにしては、人間に詳しい的を射たことを言うんだね」
 ひとに疑問を投げ掛けた分際で、ヤコはまたも失敬なことを宣った。

「そのプロセスに『謎』がある可能性が高いからな。この程度は理解出来る」
「そうか…
 ってことは究極の悪意は、世の中を滅ぼしちゃうってこと、だよね」
「随分とまた突拍子もない。それに、『謎』があるとは限らんぞ」
「でも、そうじゃない?」
「結果が伴うかは全くの別問題だろうがな。それを左右するのは生まれついての技量や、運と呼ばれるものか?
 勿論、大なり小なり、なにがしかの痛み…代償が伴うのであろうが。
 この我が輩に関われば、事件を暴かれた上、『謎』…悪意のエネルギーを喰われるという、大きな代償。そして更に、煩わしい秩序にまみれた社会を守る名目の元、捕らわれ罪を償わされるのだ。
 それでも…満たされようと求め続けることを止められないのが、人間が人間たる所以なのだろう。満たされない可能性もあると知りつつも。
 そうして、人間は進化してきた…ともいえるのか」
「みんな…全部滅びる…
 そんな道へと向かっても?」
「……」

 地上に最も数多く存在する知的生物なのだから、その分醜い面は多岐に渡り見え隠れしよう。一個の人間の内にすら、それは光と影のように存在する。集まれば途方もない力となり、方向を誤れば自らを絶やしかねない。

 我が輩は答えなかった。それを何と思ったものか、少しの沈黙の後、ヤコは長い溜息を吐き、
「…なんだか、不毛だね」
 膝を抱えて俯いたまま、呟いた。







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