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short
光なき夜に捧ぐ子守唄(1)

 凄惨な場面を否応無しに、そして頻繁に身近にせざるを得ない日常を「仕事」とし、悪意やら醜い心やらを目にし続けているヤコは、この我が輩すらも密かに感心させてしまう程に神経が太い女だ。

 生来の強さもあろうが、我が輩と出逢い過ごした時の積み重ねにより培われていった、後天的な要素が多分にあるのだろう。

 だが、人間共の中に蠢く欲望、醜い顛末…我が輩の「食」の経緯そのものを繰り返し目の当たりにすれば、普段はさほど影響を与えることなどなくとも、流石に、精神に積もっていった微細な打撃が露になってしまうことが時にあるようだ。

 謂わば、食傷気味といったところか。どのようなきっかけでそうなるのかまでは知らんが、つくづく甘いヤツめ。

 …と、思ってはみるのだが…





「“探偵”がそんな体たらくでどうするのだ」
 今が丁度そんな時期。呆れ顔を隠さない我が輩を、ヤコは恨みがましく睨む。
「…そんな簡単に言わないでよ。私だって好きで…」
「『好きで』…?」

 下手なことを口走りそうなのか、下唇を噛み、
「……もう、やだ」
 ややして、そう呟き、ソファで膝を抱えて縮こまるヤコ。アカネが心配するように、こちらを窺っている。

 全く…
 ヤコの言うことは子供のように埒があかず、繰り言ばかりだ。
 だが、こういう時のヤコは非常に頑なでもある。何とかせねば、仕事に支障が出る。


 何とかするのは厄介であるようで、それほどでもない。弱音を吐きつつも、ヤコがこの事務所から離れないことからも、わかる。


 ……が、今回は些か雰囲気が異なった。


 黙りこんだままのヤコ。静かな事務所内に心無しか息詰まるような空気を感じる。
 が、ヤコのすることは、いつもと同じ。宿題をし、アカネの手入れをし、買い出しに行き、食事をし…事務所に居座るつもりのようだった。
 我が輩が強いるパターンとしてよくあることだが、ヤコ自らそうするのは珍しい。


 何か、あったのだろうか……


 気になりはしたが、こちらから尋ねてやるほど我が輩は優しくない。この調子では、素直に答えるかどうかも怪しいものだ。
 帰る気がないのであれば、いずれ口にすることもあろう。








***

 少し光度を落とした室内で、ヤコもアカネも寝入ってしまった。
 尤も、ヤコはなかなか寝付けずにいたようだったが。

 幾度も漏らされた溜息は、忌々しいことながら移ってしまうものらしく、我が輩もつい溜息を吐くと、タオルケットにくるまれた体がビクリと跳ね、それからは静かになった。

 我が輩も眠らねばならない。床を蹴りヤコの真上の天井に寝転がってしばしすると、寝息が聞こえだす。
 俯せ気味の寝顔を眺め少々安堵し、ようよう我が輩も休めると体勢を変えてほどなくして、荒い息遣い…忙しない身じろぎの音が耳をくすぐった。

 どうやら、うなされているようだ。


「…うるさいぞ。ヤコ」
 我が輩は言いながら床に飛び降りる。ヤコは目覚めていたようで、すぐに起き上がり、やや血色の失せた顔でこちらを見上げた。

「うん…ごめん……
 でも、見たの。こわい、夢、を…
 また、見ちゃっ…て………」

 震える声で途切れ途切れに言う。

「ほう…どのような?」
 少々意外に思えた。コレを怯えさせる夢などあるのだろうか…と。








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