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〜ことばの待ち人〜 07
「確かに…
感情なぞ、短いことばで言い表そうとすることそのものが、不遜な考えではあるな……」
「………」
見上げるヤコに、我が輩は幾度目かの口付けを。
そう、きっと……
我が輩が、ヤコの我が輩への気持ちを態度で知るように、ヤコも恐らく、我が輩のヤコへの感情なぞ、とうに気付いているのであろう。
互いに、傍にいることそのものが、それに対する答えであり意思表示であり…
そのようなこと、どのようにことばを尽くしたとて、語りきれたものではないのだ。
本来ならば。
「だがな、ヤコよ。
我が輩が貴様といて学んだことのひとつに…」
顔を離し、惚けた表情のヤコに囁いてやりながら、頬へ、耳へ唇を滑らせ、肩口に頭を預ける。
掌はかわらず、腿を撫でさする。スカートより上には、いかない。
…それは、今のところの、我が輩のヤコへの礼儀、だ…
「『ことばも使いどころ』…という教訓があるのだが」
ヤコの頬の温度が上がるのが判った。
我が輩がかつて言ったなにがしかのことばを思い出してでもいるのであろうか…
「だから…少々長くはなるが、よく覚えているが良い」
「………」
肩にかかる手の、指の感触が心地良い。
「…世界中の、我が輩を知る者のことごとく全てが我が輩を忘れ去ろうとも…
その程度のこと、我が輩は意にも介さぬ。
…だが、貴様だけは…ヤコだけは…それを許すことは、決して、出来ん」
掌を、脚から腰へ。再び両腕で抱きしめるのではなく…白いシャツの上から脇腹のあたりから背中を撫であげる。
そして、唇は項に押し当て…
「…あ」
ヤコはからだを震わせる。
「…ヤコよ…
貴様ただひとりだけは、この我が輩を忘れるなど許さん。
忘れてくれては困る。
当然…
この我が輩も、そう。
世界中の全ての者がこの記憶から消え去ろうとも、ただひとり…」
ヤコの手を取り、我が胸へと導く。
「ヤコよ、貴様ただひとりだけは、決して……」
胸にあてがった手を、指まで絡ませ握りこんだ。
「……貴様は…そういった存在だ」
言い終え、首筋…襟で辛うじて隠れるあたり…を戯れにきつく吸い上げてやった。
「ん!
…ずる…」
ヤコは鼻にかかった短い声を放つが、不満げなひとことも、漏らす。
…ひとのことは、言えなかろうに…
「そう思うのは、貴様の勝手で自由だ。
狡かろうが何だろうが、真実なのだからな…」
「ほんとのこと…」
ヤコは呟く。
顔を上げ、手の甲から握りこんだヤコの手首に唇を付ける。
たいした行為でもなかろうに…ヤコはまた顔を赤くした。
「忘れるな、忘れない…かぁ…
最初に言ったことと、かわんないね」
―……忘れるなんてまずありえないでしょ?いっつも一緒にいるのに…
忘れるワケないよ。
…そうでしょ?……―
……だから我が輩は不満なのだと、気付く位はするがいい。
この単細胞が……
手を離すと、ヤコは自然に、その手を再び首へとまわす。
「肝心なことは言わないのは、お互い様だね」
そう、囁き、笑った……
…解っているではないか…
「…でも、お互いわかってるなら、それでいいと思う。
……さっきはちょっと、ズルいって、思っちゃったけど」
「………」
本当に…
本当に何と強情な女だ…
我が輩がこれほどことばを尽くしてやったというのに。
だが、何故か笑いがこみ上げてくる。
「貴様がそう思うのならば、それで良かろうが、我が輩の意に添わなかった罪は残るぞ」
「何、それ。あんた、言ってることがムチャク……」
ことばの終わりを待たずに、また、引き寄せ口付ける。
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