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〜ことばの待ち人〜 09

 逆をいえば、このような場所だからこそ、限界があるとも、いえるのだが…

 それに、怖いというのを無理強いなどして、憎まれては厄介だ。


 唇と手指に留まる触れ合いだったが…
 ただひとつの不満を除けば、上々だったと思ってやっても、良い……


 我が輩は自らが外したボタンをまた留め直してやり、まだこころが何処かを彷徨っているかのような顔のヤコを、肩に担ぎ上げた。
「目を瞑っていないと、ショック死するかもしれんぞ」
 そう言い捨て、一気に飛び降りる。
「………!!」
 ヤコは驚愕し、言葉も出ないまま、スーツの腰の布地をきつく握り締めていた…


 下方の茂みに突入する際に、先程落としたリボンを回収し、我々は一瞬の後に、無数に落ちてくる木の葉と共に、地上へと舞い降りた。

 一度頭上を見上げ、それから地面にヤコを下ろしてやる。
 ガクガクと震える脚は自分を支えきれないのか、ヤコは不安定に崩おれかけるので、脇の下から支えてやった。

「こっ…怖かっ…」
 震え呟く表情もまた、好ましく映る。



 全く…
 魔人たる我が輩が、何という有様なのであろうかと…

 ひとり、笑う……




 足腰の立たぬヤコにリボンを着けてやる建て前の元、腰を抱く腕に力を込めて引き寄せる。

 正面から顔を覗き込み、
「…どこか痛むのか」
 からかうかのように言ってやると、ヤコは赤くなり、今だ怯え故に潤む瞳を、無理に我が輩から逸らした…ように見えた…

「そんなこと…ない」
「そうか」

 怯えの陰に隠れてはいるが、微かに、まだ色めいた気配を感じる…


―ああ、当然のことながら…
 ヤコは女…なのだな……―


 リボンを着けてやりながら、徐々に…恐らくヤコが意識し無理をして…収束されてゆく気配を密かに惜しみつつ、そのようなことを想う……








 ……知ることは、更なる欲を呼び覚ますこと……


 食欲と、それを得るのに必要な知識欲だけで、我が輩はこれまで生きていけたのだ。

 それに近いことは、恐らくヤコにも言えること。


 だが今は…これよりは……

 知った感覚の、『味』の、感慨の…
 更にその先を知ることを欲して止まなくなるしか…ないのだ……




 これからも互いに、待つのであろうか。

 期が熟す、そのときを。


 待つ過程を…このような刺激的なときを、愉しみながら。


 流石にもどかしさは否定はしないが…
 これには、そうするだけの価値はあろう。


 それもこれも…我々がこれまで積み上げてきた…これからも積み上げてゆくことなのであろうから…




「…アカネが待ちくたびれていよう。さっさと戻るぞ」
 我が輩は、こころを無理に引き剥がし、言った。

 一瞬、もの言いたげに視線を彷徨わせたヤコだったが…無言で頷く。


 先に踵を返す我が輩。

 ヤコは動かない……





 少々訝しく思うが、歩は止められない。
 止める訳にはいかないのだ。



 すると……





―…たまになら…言ってあげてもいいよ………―




 突如として我が輩のこころに直接響いてくる、ヤコの穏やかな、こころの『声』……


 我が輩は思わず振り返る。


「随分と生意気なことを…」
 我が輩は、ヤコのこころに直接、声で答える。


 ヤコは驚きもせずに……


 奇しくも、あのときと同じ、満つる寸前の少々痩せた月光を背にし、艶に微笑みひとこと、囁いた。








「ネウロ、大好き」









 そのことばは…

 ……その表情と相俟って、この上なく我が輩のこころを満たすのだ……







[*前P]

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