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〜ことばの待ち人〜 06
脚を撫でながら、我が輩は至近距離から、出来るだけ冷たく聞こえるよう囁く。
ヤコは更に赤く染まった顔を肩口に埋めて隠し、呟いた。
「…うん
…知ってた…」
我が輩は迂闊にも笑んでしまった。ヤコには見えず幸いだったが。
「…だから、このような仕置きを受ける」
「うん…でも……」
知っていながら問う、その心理とは…
何の欲からきているのだ…?
それを問う、ヤコの気持ちとは………
…ああ、そうか…
妙なむず痒さを伴い訪れた疑問と同時に、霞が晴れたような心地。
唐突に、理解した。
我が輩が何に対して心もとなく、もの足りなく感じていたのか…を。
「さて……
納得したならば、逆に貴様が我が輩の問いに答えるがいい。ヤコには答える義務があろう」
ヤコは顔を上げる。
「…何?」
「…我が輩をどう思っているのか、言え」
顎を軽く固定し、意識しては読み取れぬこころを読むかの如く、瞳を見つめ言葉の続きを待つと、ヤコは照れたように視線を泳がせ、
「そんなこと…
今更無粋すぎて、答える必要なんてあるのかな……」
明らかに戸惑った口調で呟く。
我が輩の言葉を受けている台詞が、何とも生意気な返答ではないか…
「我が輩にわかるように言わぬのならば、ここから落とす」
などと脅しをかけてみるが、所詮言葉の上でしかないことは、ヤコにはよくわかっていよう。
そう、ヤコは、我が輩がヤコをここから突き落とすことなど有り得ないと、承知しているのだ。
「やだよ」
微笑みながら、言う。
…どのような状況であれ、信頼されるのは悪くはないが。
「第一あんた、脅してムリヤリ言わせたセリフに納得できちゃったりするワケ?」
「………」
……それも、一理ある……
だが、ヤコに丸め込まれた口惜しさは当然、あるものだ。
我が輩がもの足りぬのは…
既に欲するものが明白であるから。
この女の気持ちは…
何気なく紡がれることばでわかる。
態度でわかる。
我が輩の…この行為を誘い受け入れ応えることが、答えそのものであるということも……
だが我が輩は。
『声』ですら聴けなかった、ことばを、ひとことを、その唇から紡がれる声として聞きたいのだ。
我が輩に対する気持ちの断片を…断言を。
……この欲も……
この女により引き起こされたもの……
ヤコは言った。
「あたしのあんたへの気持ち…想い…それを、短いことばで…ひとことで、なんて、言えるのかな?
…ネウロ、あんただって同じじゃないの?」
…この、屁理屈吐きが…
―忘れない、忘れる筈がない―
…などではない。
そのようなことは当たり前のこと。
今更、口にするまでもないこと。
判っている
解っているのだ
そのひとことも…また同じ…
同じ…だ。
今更…なのだ…
そして、我が輩とて口にすることを憚られる、そのひとことを…
自分にすら言えぬことばを、これ以上責め立て、強制し言わせるなぞ、本来出来ぬ…程度のことも…解っている。
だが……
ああ、だが…それでも……
我が輩は…
この、愚かで悟い、強情な女の、そのひとことを欲するが故に…翻弄され続ける……
ヤコは……
…何と罪作りで厄介な女であることか……
ヤコは、首を傾げ何事か考えている。
恐怖はもう消え去ったのであろうか?
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