main storyT 〜ことばの待ち人〜 05 このような高所に、ほぼ無防備である現状が。 それ故に、我が輩という命綱に、しがみつかずにいられぬだけであることが…… 解っていながら、若干の口惜しさを自覚する。 自分でこのようなことをしておきながら…と、おのれのこころを笑いたくもなるが、ただ恐怖で縋りつくのであれ、ヤコを離そうと思い致ることなど、あり得ず。 ヤコを樹の幹に押し付け、腰を抱いていた片方の腕を離し、微かに震え続ける脚に。 片方の支えが外れ、ヤコは無意識にか、胸元の布地を掴んでいた手を離し、我が輩の首へと回した。 ヤコにしては異様な力が首にかかる。 押し付けられた体から、普段より遥かに早く脈打つ鼓動が感じられ… 唇を離してみると、長く細い息を吐きながら、ヤコはうっすらと瞳を開いた。 まだ、怯えが見える小娘に、囁いてやった。 「……離すな…だと…? 我が輩が…ヤコ…貴様を離すことなど有り得なかろう。 …判りきっていることであろうに」 それが何を指すのか…… ことばを、ヤコがどう解釈しようが構わん。 首に巻きつく腕の力が心なしか変わったように感ずるのは、きっと…気のせいだ… ふと、 『恐怖は性欲を呼び起こす』 …どこで読んだかは失念したが、そのような主旨の言葉を思い出した。 恐怖による昂りを、別のものと錯覚するということなのであろうか。 今のヤコも、きっとそうなのかもしれず… なかなかに面白いことを知ったものだ。 「…まだ怖いのか」 我が輩は問う。 「…怖いよ。当たり前じゃん」 ヤコは呟く。 艶を密かに、だがひどく強烈に潜めた、震える声音で…… 罰を与えたのは、確かに我が輩であったのだが… 間近にあるヤコの顔に更に顔を近付け覗き込むと、睫がせわしげな瞬きにより揺れ… ヤコは瞳を緩やかに閉じる。 あぁ… ……待っているのか…… 錯覚であろうがなかろうが、あのような些細なことで、この女は… …が、この反応を見る限り、いかに面白く好ましい結果を得られたところで、度が過ぎればそれこそ本当に憎まれてしまうかもしれない。 だが、そうだ… 先程の、事件を踏まえた会話を思い出す。 ……我が輩を忘れるくらいならば…いっそ憎んでくれれば良いのかも…しれない…… それこそ、一生を台無しにするほど、我が輩を憎んでしまえばいいのだ。 …尤も… 我が輩を憎むだけの距離は保てど、忘れてしまうような距離をおくなど、我が輩が許す筈がないのだが。 ……決して離さなければ良いだけの話なのだから。 我が輩自身が、つい先程宣告したばかりではないか。 宣告などせずとも、先より変わらぬ我が輩の意志だったではないか。 忘れることを許さぬ、など… 愚かなことを口にしてしまったものだと、改めて思う。 だが、そうせざるを得なかったのは……… そのようなことに思考を及ばせながら、長く長く、ヤコに口付ける。 少し苦しげな様子を見せたので、顔を離す直前、もう一度唇を軽く触れ合わせ、再びヤコを見下ろしてやる。 脚にやった掌はそのままに。 「…苦しいよネウロ…」 息をつき子供のように訴える赤い顔。 「…我が輩が何をしたかったのか…とか聞いたな。ヤコよ、貴様は…」 「……」 「答えなど、既にわかっているであろう。 いかに豆腐頭であれ、そのような無粋なことを問うものではない」 [*前P][次P#] |