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〜ことばの待ち人〜 03

―携帯の音は切ってあるのだろうな…―

 我が輩は脈絡のないことに考えが及んでしまう。

 ……いや……
 全く脈絡がないというわけでもなかろうな……




 先程まで、我々は笹塚刑事と行動を共にしていた。

 笹塚刑事はあの匪口に何か聞いたのか、あるいはたまたまであるのか、ヤコへの態度に若干の不自然さを感じた。
 感じはしたが、何も口にはしなかったし、ヤコも普段通りであったので、特に気に留めてはいなかった。

 …だが、今現在があのときとよく似た状況であるならば、油断してはロクなことにならないであろう、と、半ば本気で思うが故に…



 我が輩は、ゆっくりと歩み寄り、間近からヤコを見下ろす。

 ヤコは、いつもと変わらず、我が輩を真っ直ぐ見上げてはいるが…
 明らかに…いつものヤコとは違って……


「…うふふ」
 奇しくも、あのときと同じ…木漏れ月と我が輩とを瞳に映し出し…
 だがあのときとは違う、確信的で挑発的な笑みを浮かべている。

 その様は、我が輩を戸惑わせるに十分で、小憎らしいことこの上なく……


 ヤコは、
「…ね、あのときネウロは、何をしたかったの…?」
 非常に珍しく、大胆なことを問いかける。

 この変わり様は、いったい何であろうか…?


 今日の事件が、そこまで影響するのか?
 それとも、先程の会話がヤコのこころを刺激したのか?
 我が輩のひとことか?

 あるいは…それら全てが僅かずつながらヤコに影響を与えた上、更にこの場所に来あわせたことが決定的となったのか…?



 …あぁ…だが…

 そのようなことは、どうでもよかろう……


 事件による不快な気分が消え去ったのなら…
 ここが忘れられない、忘れたくないというのなら…

 今このときこの場所で…ヤコが笑っているのなら…


 我が輩はヤコをあのときと同じように…あのときは放り投げ落ちてきたのを受け止めたのだったが…抱え上げ、
「随分と生意気なことを言うのだな」
 鼻同士を擦り寄せるように顔を寄せ、囁いてやった。

「それ、答えになってないよ」
 我が輩を見下ろし、ヤコはクスクス笑いながら、軽い不満を漏らす。

 ヤコに媚態を感じることは過去にもあったが、これほどの様子ははじめてだった。
 しかも、明らかに意識してふるまっている…


 みすみす挑発に乗るようで癪であるのに……


 我が輩は、鼻に軽く噛みついてやる。

 せめて。

 …せめて…
 ……焦らしてやらねば。

 小さな鼻に喰い込む牙を離す瞬間、軽く鼻先をひと舐めし、額で額を小突く。
 その間も、ヤコは声を漏らし笑っていた。



 煽られている。

 あのような事件に…
 会話に…
 想い出に…

 ……そして我が輩は、そんなヤコに……


 軽く触れる程度に口付けてやれば、口惜しくも我が輩の内の何かが潤うが如くの感覚を覚える。

 だが同時に、ヤコを小憎らしく思う、幾分かの冷静さが戻ってきた。


 魔人たる我が輩に、このような挑発をする女には、それ相応の罰を与えてやらねばならんだろう。

 理不尽だろうと何だろうと、それが我が輩の流儀だ…



 我が輩はヤコを放り投げた。

 同じ場所から、同じ力で。


「ひゃあっ?!」
 ヤコは、空気を切るような甲高い鋭い悲鳴を上げ…
 何を思ったか、一番高く飛躍したあたりの手近な枝にしがみついた。

「何すんのよネウロ!いきなりそれはない!
 びっくりして枝つかんじゃったじゃない!」
 叫ぶヤコは、我が輩の頭上で無様にぶら下がっている。


 愕いたのはこちらだというのに。


 全く、ヤコという女は、時に予想もつかないことをする。







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あきゅろす。
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