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〜ことばの待ち人〜 01

「なんだか…後味の悪い事件だったね…」
 ヤコは言った。



 我が輩にとっては数多の事件の内の1つでしかないのであるが、それでもなかなかに美味な謎ではあった。
 だが、ヤコにとっては違うものらしい。


 それは、一言でいえば愛憎のもつれによる事件であり謎であった。

 裏切られた女が策を弄して裏切った男を殺した…と、こう表せば何とも解りやすい事件なのであったが…
 根底に愛情の転じた憎悪が蠢いていたためか、加味されたものが悪くない味わいの『謎』となっていた。


 ともあれ、事件は解決し我が輩も食事を済ませ、あとのことは警察連中に任せ…我々はいつもの如く、事務所への帰路についている。


「はぁ…」
 すぐ隣を歩くヤコは、今だ払拭されぬ気分からか、溜息を吐き続ける。


 犯人の女は、我々に事件の全貌を露わにされ、泣き叫びながら、男がいかに酷かったのか…殺されても仕方ないのだなどと喚き散らしたが、我が輩は元々興味もなく聞く耳など持たぬ。
 黙らせるべく、少々『能力』を使うと、

『あたしは…!
 こんなに…あんなに…アイツを……!!』

 そう、最後に口にして、完全に陥落したのだ…


 その感情が、そこそこ入り組んだ『謎』を構築してまでも、男を殺したいという願望へと変貌するのであるならば、人間の心理とは、何とも単純なようで複雑、そしていとも容易く翻るものであり…
 …だからこそ興味深いのであるが、ヤコにはそれは不快でしかないのか…

「単細胞が一人前に溜息か」
 頭を軽く小突いてやる。
「…正直にうるさいって言ったら?」
 ヤコは顔を上げ、我が輩を睨みつけた。

「…うるさい」
「はぁ…」

 我が輩は過ぎたこと、しかも赤の他人の人間模様などに思いを馳せる心理など理解出来ん。
 だが、ヤコがいつまでもこうであると、どうにも居心地が悪い。
 もう一度頭を小突き、そのまま頭を掴み引き寄せてやる。ヤコはおとなしく引き寄せられ、我が輩が手を離すと、袖を両手で握りしめた。

 …妙に素直なのが、こそばゆく感じられる…


「…忘れることって…出来なかったのかな」
 ポツリ、と、ヤコは言う。ウジ虫なりに思うところはあるらしい。
 ヤコが何を思うのか、我が輩は目で先を促す。

「そんな、自分に酷いことした誠意のない人なんてさ…」
 ヤコは意外と乾いたことを言う。

「そんなこと、いつまでも引きずってても、自分のためになんてなんないし、向上もしないよね…
 殺したいほど恨むんだったらさ…忘れる方がよかったのに」

 それは容易いようで難しかろう。
 人間のくせに、人間の心理を知らぬ、随分と幼稚なことを言うものだ…

「…ネウロ、あんたはさ、
 “忘れることは進化をも忘れること”
 …そう言ったけど、いつまでも忘れられないから、忘れられちゃう“進化”もあるよね」
「………」

 なるほど、我が輩がかつて口にしたことを踏まえての発言であるのか…

「…だが人間共が皆そう悟ってしまえば、我が輩は食を断たれてしまう」
 そう、言ってやる。

「ふぅ…」
 ヤコはまた、溜息を吐く。

 ヤコにとり後味の悪いもの全てが、我が輩にとり生きる糧であるのだから、致し方あるまいが…

 今回は恋愛沙汰であったが故か、ヤコも思うところが多々あるものらしく……


 我が輩はふと、あることを思い出し、ヤコの頭に再び手をやる。

「…どこで目にしたかは、忘れたのだがな」
 ヤコはこちらを見上げ、話の続きを乞う視線。


「愛憎…という言葉は、相反する語句を繋げたものではないそうだぞ……」







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