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東方封魔伝
第1節四項


朝方のニュースで見た天気予報は外れ、その日は午前9時を過ぎたあたりから急に空は雨雲に覆われ、ほどなく雨が降り始めた。三寒四温とは春の天気の変わりやすさを示す端的な言葉であるが、山間にある七山村はとみにその影響を受ける。元々、山村は山の影響で気流が変わりやすく、転じて天気も大きく動きやすいので麓にある七山村も予報が外れることはしばしばあるので誰も普段は気にしない。
そう、それが平時であるならば。
凶報をもたらされた日に限ってそんな事が起きれば誰もが不安になる――まるで、この先に暗雲が立ち込めてしまうのではないか、と。

小父達との密会を終えた後の私は憂鬱だった。
理由は語るまでもなく、唐突に知らされた親戚の果たし状と謎の手紙のダブルコンボによるものだ。小説ならばきっと、風雲急を告げるとでも言うのだろう。そう表現してもいいぐらいには寝耳に水な知らせだった。
長く話し込んでしまったので自室に引っ込んでしまった千尋を呼びに部屋をノックすると、間を置かずに「入っていいぞ」と中から返事があったのでこちらも気兼ねなく扉を開けた。

部屋に入ると、彼は本を読んでいた。
読んでいるのは分厚い小説本で、背表紙にはシールが張られている。どうやら先日学校から借りてきたもののようだ。
「おう、適当に座ってくれよ」
彼の勧めに従い、椅子にでも腰掛けようと思ったがちょうど荷物が置いてあってどかすのも億劫だったので、ちょうど手ごろな高さがあるベッドに腰掛ける。
椅子の空きがなくて悪いなと軽い口ぶりで謝りながら本を閉じて机に置くと向き直り、それまでの調子と打って変わって声を潜めると話を切り出す。
内容はもちろん、居間での会話だ。
「結構長かったけどさ、何を話していたんだ?」
返事をする代わりにポケットから白い封筒を引っ張り出すとそれを彼に渡し、「見れば分かるよ」と読むように促す。
一度封を切っているため中身を取り出すのは簡単で、封筒からさっと手紙を取り出すと素早く目を通し、読み終えると中に戻しながら立ち上がり、私の隣に腰掛けた。
何を言おうか……と迷うようにため息を一つ吐くとおもむろに封筒を返し、小さく「連中も懲りないんだな」とまるで独り言を呟くかのように語りかける。その呟きに私も「そうね……」と返す。
思い返せば、初めての果たし状を受け取ったのは自分が10歳の時。来る頻度に差はあれども数カ月おきぐらいに送られては試合。受け取っては試合というのをかれこれ6年は続けている事になる。
自分が成人するまで、という文言がある以上は同じことが18歳になるまで――あと一年は続くのだろう。そう思うと気が滅入るような、親戚たちに呆れるような気分だ。
「お前もさ、嫌なら断ってもいいんじゃないか? そんなにしてまでやることなのか?」
彼の言い分はもっともだ。こんな親戚ぐるみのお家騒動に付き合う理由はない。体を張って守るものなど、今の私にはない。次期当主の座など興味があるわけではないし、失ったところで今の家を追い出されるわけでもないだろう。
そう考えると、よくもまぁ何年も親戚の“ゲーム”に付き合っているなと思う。所詮は自分が一番だ、と見栄を張りたいがために彼らはやっているに過ぎないのだろうから。
だから、つい口をついてしまったのかもしれない。
「私も見栄っ張りなのかもね……母さんの残してくれたものを守りたいってさ、そういう気持ちでいつもやってるんだ」
どこか陰りのある顔で呟いた私の肩をそっと抱き寄せ、「あんまし無理はするなよ」と慰めてくれる彼にその時だけは純粋に甘えるように体を預けてゆっくりと頷いた。


しかし、身を委ねていられたのもほんのしばしの間だった。
部屋を包み込む静寂を破るように軽いノックの音が響き、二人は慌てて姿勢を正して“邪魔者”の出現に備えた。
「なんだ……そんなに驚かなくてもいいじゃないか」
“邪魔者”の正体は小父だった。小母でなくてよかった、と二人して盛大にため息を吐くと、妙に正してしまった姿勢を崩しながら何の用かと隣で千尋が尋ね、その横で私も上がりかけた心拍数を元に戻そうと深呼吸をする。
小父はその問いには答えず、確認も取らぬまま勝手に椅子に座ると二人に向き直り、嫌に真剣な顔で途切れた会話を続けた。
「千尋、今日はお前も暇だったろう」
「これといった用事はないなぁ……で、それがどうしたんだよ親父」
「ならば丁度よかろう。お前、今日は清奈に付き合ってきなさい」
その発言に私達は一瞬の沈黙の後、その意味するところを理解した瞬間盛大に声を上げてしまった。いきなり付き合えといわれたらそれは誰しもが驚くに決まっている。だが、冷静に考えればその言葉が世間的な意味で使われているのではないとは分かる。まだ“密会”からは一時間も経っていないし、その内容と“今日はお前も”という言い方から明らかだ。
つまり、今日暇なら私を手伝って来いといいたいのだろう――が
「はっ……何言ってんだよ親父! 付き合うデートって、俺達そんな関係じゃ……いや、付き合いは長いけどさ!!」
――約一名意味を解していない人物のおかげで私はそれ以上声を上げずに済んだ。
一人でわたわたとテンパる勘違いしている彼の姿に小父と二人して脱力しながらも、そういう意味じゃないよと手を振って彼の誤解を解く。
「さっきの手紙見たでしょ? 親戚が“いつもの”用事でウチに来るからその準備だよ」
「あぁ、しかも明日というからね。前々から知っていてそれを伝えるのを遅らせたのだから多少は手伝わなければ、ね」
果たし状のXデーは明日正午。時間は周囲が思っているほどは残されてはいなかった。



「しんどいから一回休ませてくれ……」
道場に彼の搾り出すような声が微かに反響する。
家での一悶着があってからというものの小父に散々からかわれた千尋は飛び出すように家を後にし、私に付き合うという名目で行動を共にすることになった。私としては彼が一緒にいてくれるのは精神的にとても気が楽なのでうれしいのだが――
「朝の道を戻ってきただけでしょう? そんなに息を切らせるほどでもないでしょうに……」
一刻も早く処刑場(自宅)から出て行きたかった彼はランニングと称して準備もそこそこに家を飛び出し、挨拶等を済ませて追いかけてきた私に途中で追いつかれた結果、道場の門扉の前で塀に手をついて肩で息をしているという始末だ。
なお、追いかける都合私自身もアップペースで走ってきているがさほど息を切らしてはいない。――基礎体力の差ね、と思いつつもそれは彼のプライドを抉るだろうから言葉にはしないでおく。
ポケットから鍵を取り出すと道場の門を固く閉じる錠前を開き、彼の背中をさすりながら中に導き、玄関口に座らせてやると出かける間際に頂いてきた水の入ったボトルをポーチから取り出して彼に渡す。受け取った彼は蓋を開けるやぐびぐびと飲み干すかのような勢いで口に含み、一度に含み過ぎた反動でむせ返ってしまってその姿に思わず笑いが零れてしまう。
「人が苦しんでるの見て笑うなよ……」
「ごめんごめん、悪気はなかったのよ」
見てておかしかったから、と付け足しながら玄関の灯りを点けて一人先に中に進んでいく。道場は毎日自分が通う第二の家で本当は暗いままでも歩いていけるがそれは後ろに続く彼のためだ。窓から差し込む明かりで最低限見えるとはいえ今は曇天。外を走った時には運がよく雨が止んでいたがこの様子だとまた間を置かずに降り始めそうで、どうせ長く居るつもりなら億劫でもきちんと灯りを点けておいたほうがいい。
彼を先導するように歩きながらある一室の扉を開くと振り返って立ち止まる。
「私は先に着替えてくる。案内しなくても大丈夫だよね?」
田舎でよく見かける公民館に似た作りの内装を有する道場は比較的どこに何があるか分かりやすい。道場として何度か補修改築を行う中で自然と重要区画以外は近代化(モダライズ)され、たまに遊びに来る小さな子供達には“ちょっと面白い”遊び場として広く認知されるに至っている。外部の人間を受け入れる前提で建てられているので、古くさいながらも案内板の類も設けられていて迷う事はほとんどないはずだ。――ちょっと汗臭い事に目を瞑りさえすれば。
それを証明するように「あいよ、修練場で待ってればいいのか」と返す彼の口振りもまた通い慣れている証拠である。
戸を閉めて彼と別れた先は旅館の脱衣場に似た一室――更衣室であった。古くは教練施設として開放されていた本館にとって、数少ない“全くの手付かず”となっている場所だ。きちんと清掃はされているが、備え付けの置物から棚に至るまでが相当な年月を変わることなく送ってきたと言わんばかりに所々色褪せ、独特の雰囲気を醸し出している。
その一角、更衣室の最奥の棚を開けると――余談だが現代のロッカーのように小さな扉と鍵がついており、実態は棚というよりは引き出しに近い――中から自身の着替えを取り出すとその場で手早く服を脱いでいく。シャツとパーカーを脱ぎ、色落ちしたジーンズを脱ぎ捨てて下着だけの姿になると更に上の――胸部を支え隠すブラジャーを剥ぎ取って棚に放り込む。シャツ越しにも浮くほどの、年齢の割りに発達した乳房を今度は着替えの中から引っ張り出したサラシをきつく締め、残りの服に袖を通す。
そうして道着に着替えた彼女は最後に脱ぎ捨てていた服を拾って棚に放り込み、更衣室を後にした――

「やっぱりお前はその格好が一番似合ってるよ、うん」
先に更衣室の先にある修錬場で待っていた千尋と合流するなり開口一番に投げかけられたのは彼のそんな言葉だった。
平時の服が服だからだろうとは自覚しているが、道着として袴を身に着けているだけでそう言われてしまうのは、自分のイメージにもっとも合っていると言われているのか、あるいは遠回しに普段の服装を“女らしくない”と改めて強調しているようにも聞こえて素直に喜べない。
そう考えているのが顔に出たのか「褒め言葉だぜ」と苦笑交じりに言うのだから余計勘ぐってしまって喜べなくなる。
「鼻の下伸ばすなら今だけにしといてよ……この後は休憩なしだから」
「うぇっ……からかっただけなのにひでぇや……」
からかいには相応の報いを与えなきゃね、とその時だけは仕返しとばかりにとびっきりの笑顔で答えてあげた。
――どうせ、この後はお互いに笑っていられなくなるだろうから。



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