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東方封魔伝
第1節三項


常田家で再度の朝食――という名のデザート――を頂いた私は朝から家にお邪魔してゆっくり寛がせていただくことになった。
これは休みの時のいつものパターンであり、家にいてもやることがない時は幼い頃からずっと変わらない習慣だった。今日は祭日で村に一つしかない小中高一貫の学校も休校の上、家事も一通り済ませてきたので自分の用事が出来るまでは食後のティータイムを一緒に楽しませてもらうことにした。
ちなみに、今日の朝のデザートは小母さんお手製のシュークリームだった。昨日作った余りなんだそうだけども、甘さを抑えつつもたっぷり詰め込まれたクリームとそれを覆う柔らかい皮は一晩経った位では衰えず、洋菓子屋で買ったばかりのような感触だった。

シュークリームとコーヒーに舌鼓を打つ中、唐突に会話を切り出したのは小父だった。
「今日は休みだと聞いているが、何か予定はあるのかな?」
「いえ、特に決めてないですよ。昼からは道場に篭ろうかとは思ってますが」
一人暮らしをしていると実際週末であっても別段外出することもないので、自然とスケジュールは空いてしまう。それを好機とばかりに実家の道場で稽古に励むのが私の日課だが、それも祭日の朝からやるのは引けるので基本的には昼以後に行うようにしている。
――余談だが、実家の都合で私は部活に入ることができない。休みの朝を仲間と朝練に励むクラスメイトを羨ましいと思ったことも数知れずだが、4年も経てばそういう境遇にもいい加減に慣れるので今では楽観的だ。
ふむ、と腕を組んで考え込む小父の様子に違和感を覚えながらも続きを促すようにソーサーからカップを手に取り口をつけて待つ。
カップをソーサーに戻す音だけが空間を支配すること数分、静寂を破った小父はどこか意を決するようだった。
「すまないが千尋。少しばかり席を外しなさい」
「……」
隣に座る千尋をちらと伺うと、そこでは無表情に自身の父親を見つめる彼が居た。それは何か、私が知らない秘密を共有していて、何をする気かと問いかけるような間だった。
しばし睨みあった後、大きくため息をつくと立ち上がり、通り過ぎざま父親に耳打ちして部屋から出て行った。その後姿を目で追いかけていると入れ違うようにダイニングに居た小母が淹れたてのコーヒーを片手に席に着く。
椅子に深く座りなおした小父は咳払いを一つ吐くとおもむろに上着から二通の異なる封筒を取り出すとそれをテーブルに置き、ついと差し出してきた。
「まずは君にこれを見せるのが遅くなったことを詫びよう。そして、私達の願ったとおりにならなかったことも」
「それはどういう……?」
あまりにも突然過ぎる告白と謝罪に目を白黒させながらも搾り出すようにその意図を問う。何を謝るのか、何を言いたいのかと。
ただ無言で私を見つめる彼の所作を見て、まずは読めと言いたいのだと気づいたのは数瞬の後。おそるおそる封筒を手にとって見比べた。
一通は何の変哲もない市販の茶封筒だ。中には手紙が入っているのだろう微かな感触がある。枚数はおそらく2,3枚といったところだろう。表面にはあて先として『雲井様』とだけ書かれている。
もう一通はどこかで――否、つい数ヶ月前にも見た事があるものに非常に酷似したものだった。白い厚紙の封筒。主に重要な書類、あるいは公的な書類を郵送する場合に使われるものだ。表面には住所と宛名がフルネームで書かれている。ひっくり返して裏面を見ると差出人は雲井――
「あの、これはもしや……」
「うむ、話す前にまずは読んでくれたまえ」
固唾を呑んで成り行きを見守る小母と一瞬目がかち合ったが、迷うのも一瞬。意を決して中身を取り出すと丁寧に折られた紙が一枚だけ出てきた。
封筒を脇に置いて手紙を手に取ると、今度はためらうことなく開いて目を通す。


手紙の内容は私には深刻なものだった。
差出人は雲井正敏――祖母の弟であり、私の叔父にあたる人物で、また“ある問題”に執着する男だった。
そして、肝心の内容は差出人から想像していた通り、今の雲井家の抱える“ある問題”に関係する事だった。
「次期当主を決める神前試合を行いたい……ですか」

現在の雲井家の抱える問題、それは『当主不在』であることだ。
女系相続で今日まで至った雲井家は8年前に当主雲井美奈――つまり私の母――が行方不明になってから空席のままとなっている。旅行の際に落石事故に巻き込まれたのが原因というのもあって、行方不明になった母は必死の捜索の甲斐なく発見に至らず、世間的には死亡扱いとなっている。
そうなると今度発生する問題は当主継承権についてだった。
実の娘である私はまだ8歳で継ぐにはあまりにも若過ぎる。しかし、他に直系の候補は存在しない。かといって、傍系の誰かから出すとなるとそれはそれで多くの問題が発生し、実際に当主の座を奪い合うような事態にまで発展した。
それらを踏まえ、大人たちが取った解決策とは『神輿を担ぐ』ことであった。
すなわち、唯一の直系である清奈という幼い少女を仮に次期当主と位置づけ、成人して正式に家を継ぐまで傍系一家で支えていく事にしようとしたのだ。
幸いにも幼いながらも剣術の基礎の習得に励んでいた私は砂が水を吸うように技術を覚え、既に大人たちの要求を満たすだけの才能を示していた。
それは同時に、この計画が実現可能となった反面で、『誰が』支えていくのかという問題を引き起こし、今度は傍系一族の間で筆頭の座を奪い合う形となってしまった。
もはや雲井一族の栄誉などどこに消えたと言わんばかりの内戦染みた闘争の末ひねり出された苦肉の策は、結果として最悪の結末を回避する事には成功したが、結論だけを切り取れば根本的な解決には至らなかった。
大人たちが考え出した苦肉の策とは、『現在の次期当主が不適格であると判断したならその証明を以って相応しき新たな次期当主候補を推薦せよ』との文言に集約される。
つまり、納得がいかないなら刺客を送って道場破りでもして誰が適格であるか証明して納得させろ、ということだ。
それはもはや策ではない、考えた者達の苦渋の決断だったのであろうとは察するが巻き込まれる側としてはたまったものではない。
なぜなら今のように果たし状が送られてくるのだから――

問題が起こる時は大抵1つでは済まない事が多いというが。この言葉は今回も例外ではなかった。
果たし状に明記された来訪の日付は明日の昼。手紙の最後に捺印と共に書かれている日付は今日の三日前。それが意味するところは――
「二日前には届いていましたよね小父さん? どうして隠すような真似をなさるんですか……」
「君になるべく負担を強いたくなかったんだ。これでも止めようとはしていたんだ」
現代の配達システムをもってすれば、郵送物など一日もあれば国内では届く。三日前に郵送されたのだと仮定するなら到着したのは二日前。今日が金曜日であるからミッドウィークの水曜日には届いていたわけだ。
つまり、届いてから二日間はこの事実が秘匿されていたことになる。一番知っておくべき当人をさしおいて、だ。
「お気持ちはありがたいですが、流石にうちの問題ですし。一度や二度ではないのですから構わないと申し上げたではありませんか」
半年に一度、早ければ数ヶ月に一度のペースで刺客が送られてくる生活ももう片手では数えれない年数に至っているし、それは私だけではなく援助をしてくれている方々も同様のはず。
わざわざ今になって止める必要性もなさそうに思うが、そこは彼なりの優しさなのだろう。家から出ないとは言ってもせっかくの三連休を潰してまでやることではない。あるいは、前回からまだ2ヶ月しか経っていないのにしつこいぞと感じたか。
ともあれ、小父の心遣いは決して嫌なものではないのでそれ以上の追求はしないでおく。それ以前に話すべき事案は山積みだ。
「止めようとした、というからには今回は避けようがないのですね?」
「昨夜連絡があってな。明日の朝出発するそうだ。わざわざここまでご苦労なことだね」
電話でな、と付け加えた小父に頷き返してもう一度書面に目を落とす。
急な話ではあるが神前試合は回避できない。ならば、腹を括って最高の状態で臨むしか選択肢はない。
――望むところだ。


神前試合について話が一段落ついたところで小母が淹れてくれた二杯目のコーヒーで一息入れつつ、残っていた茶封筒を手に取った。
何の変哲もない茶封筒で、書かれてあるのは宛名だけ。本来裏面に書かれてあるはずの差出人は記載されておらず、封もまだ切られていない。
小父達に確認を取ってから開封し、ひっくり返して出てきたのは透かして見た通り一通の手紙だけだった。
しかし、一目見て気になる点があった。
「……手紙に和紙、ですか?」
「珍しいな、普通は使わないぞ」
本来手紙において和紙を使うのは非常に稀なケース――というよりは通常使わない。よっぽどの事情があるか、便箋として趣向を凝らした結果使うに至ったかであるが、まだ内容に目を通していない以上は分からない。
――だとしても、上等な和紙に対して茶封筒とはナンセンスだと言いたくて仕方がない。

不思議に思いながらも拾い上げ、紙を開いてみるとその印象は良い意味で裏切られた。
書いてあるのはわずか数行の文章でありながら、文章の持つ存在感は圧倒的だった。
筆で書かれたと思わしき流麗な筆跡はとても繊細で筆者の意を示すかのようであった。綺麗に三等分した折り目に沿うように書かれた文章は書式に気を使っているのが伺えるし、封筒の印象に反して手馴れた人によるものだと素人目に見てもすぐに分かる。
何より驚かされたのは、内容だった。
「この人……どこの誰かは分かりませんが母の知人のようです」
古めかしい言葉で書かれた手紙の内容は要約すればこうだ。

久しく会う旧友よ、そちらは息災か。
私は今も当時と変わらぬ生活をしている。
明後日、久しぶりに訪れる。君と娘に会えるのを楽しみにしている。

一通り読んでから小父に渡し、読み終えた彼の表情も驚愕に包まれていた。
「美奈とは付き合いが長いが、旧友と呼ぶほどの付き合いを持つ知り合いはいないはずだが……それに、この様子だと君のことを知っていながら美奈が他界していることを知らないだと……」
母が亡くなったのは今から8年前。若かりし頃の知人であったとしても、また住んでいるのがド田舎であったとしてもこうして手紙を送る間柄である人が母の事を知らないはずがない。
それも、親戚の手紙と同日に届いたというから訪れるのは今日。
――事態はますます混迷を深めていくようだ。

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あきゅろす。
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