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東方封魔伝
第1節二項

「ごめん、待たせた?」
「もうちょっとかかると思ってたけど早かったな」

部屋の簡単な片付けと戸締りをして追いかけた清奈だったが、やはり男の足は速く、彼――千尋を待たせてしまったようだ。
その証拠に、ちょっと待っているぐらいではやらないはずの携帯ゲーム機を弄くっていた。
声をかけてようやく存在に気づいたといわんばかりに驚きを滲ませた顔をして彼女を見ていた。

門扉の前で合流し、一緒に歩きながらポケットに携帯機をしまう彼にふと聞いてみた。
「ねぇ、どうせなら外で待たなくても良かったんじゃないの?」
「ん? あぁ、俺も寝起きで迎えに来てたもんでさ。ちょっくら体操もしてたんだよ」
眠気覚ましにな、と背伸びするようなジェスチャー付きで答えてくれた彼にふぅんと気のない返事を返しながら、横目で彼を睨みどんな体操だったのかと少し追求すると、頭をひねった彼はそうだなぁ・・・・・・とちょっと考え込み、こう答えた。
「朝からいいものを拝ませてもらったからなぁ・・・・・・体をほぐす運動と答えておけばいいか?」
彼のあまり返事になっていない返事に、何それとあきれた様に返しながらも二人は仲の良さげな兄妹のように並んで歩く。その光景は片田舎の朝に似合う、平和な光景だ。
田舎と言えば“何もない”というイメージを一般的に持たれるがこの村はそれよりは幾分マシな場所である。
町というには無理があるが、それでも山と川に三方を囲まれているにしては十分な人口はあるし、各種施設もある。地方の小規模な町ならおおよそこんなものだろうという程度には。都会人が持つ村に対するイメージが集落のそれであるなら間違いなく七山村は名前にこそ村とあるが実態は町であると断言が出来よう。
むしろ、このぐらいの町のほうが住みやすいのではないか、と以前旅行で東京に訪れた時に思ったことすらある。
都会は何もかもが狭苦しくて、行きかう人も忙しない。あれではとてもではないが周囲の人など目に付かないんじゃないだろうか――そう、自分の隣にいる人ですら。
この村は開放的で緑に溢れている。そして、緑に満ちているという事は住んでいる人たちの心も穏やかであるということだ。
私はそんな、隣にいる彼のような人たちで溢れたこの村が大好きだ。


千尋の家は清奈の家からそう遠くはない。
七山村はその土地柄上一軒辺りの土地面積が広い。具体的には、それぞれの家が都会であれば高級一軒住宅に比肩する程度の敷地面積がごく標準レベル。村の中で広いといわれる家になれば、おそらく都市では豪邸と呼ばれるレベルに達するのであろう。その分、築年数や家の設備を考えればどっこいどっこいと言えなくもないので、単に広ければよいというものでもないが。それでも生活する上で困る事もないので、よい経験をしていると思っている若者が大半であり、年配者は古来より変わらぬ生活を続けているに過ぎない。
尺度の基準が一般と異なるのは間違いないこの村における『近い・遠い』という概念は距離ではなく時間で測られ、その基準に照らし合わせれば千尋と清奈両者の家はむしろ近い部類に入る。
なぜなら、間に家一軒をはさんで隣同士。時間にすれば10分程度の距離だからだ。
この距離を近いというには賛否両論になるであろうが、あくまで七山村の基準で言えば近いのだということは前述の通り。付け加えるなら――
「来るたび思うけどよ、お前ん家って道場もあるからすっげぇ広いよな」
「まぁね。ほとんどは道場が占めてるけど」
――彼女の家が普通の家でないことが大部分の要因であることだ。
雲井家は古来より剣術家として名を知らしめてきた由緒正しき武門の家系であり、歴史をさかのぼれば数百年単位となる。
歴史を下る中で一時直系傍系共に男子おとこが絶えた事で、それ以後女系武門一家となった点を除けば各地に点在する武家とそう大差はない。
そのただ一点の違いが今日に至るまでで変化しなかったのはある種の伝統と化しているからであり、同時に当時から現在の雲井流剣術の立ち位置を決めた瞬間でもある。
では、何がそんなに特徴的か。
多くを今は語るべくもないが、強いて一点挙げるのであれば、かの剣術は女系で継承されてきた武術であり、総じて女が扱うのを許されていた武術がかねてより護身術の類であったことから推して知る事ができよう。
それはともかくとして、実家に道場が併設されている為彼女の家は広く、二つ隣の千尋の家に行くまで10分もかかるのである。大抵の人はよい散歩道だと受け入れてくれているので、もしかしたら基準が違うというよりはおおらかなだけかもしれないが……

二人でとりとめのない雑談をしながら歩くこと15分。話しながらだったので幾分ペースは抑え目になってしまったせいで時間がかかってしまったが、無事に千尋の家に着いた。
彼の家もまた一軒家。都心であれば十分自慢ができるほど大きい家であり、ベッドタウンではよく見かけるタイプの家だ。内装も広々とした2階建てで実に住み心地がよいらしい。この村ではまだ築年数が新しい方であるのもウリの一つだ。
田舎の日本屋敷郡の中に混じる西洋家屋というのもこれまた目を引くので、それを意識した外装も小洒落ていて設計士のセンスのよさが垣間見える。特に、黒や灰色の屋根が多い中に濃紅の瓦屋根は上品な存在感があって映えるので気に入っている。
いつ見ても綺麗に整えられた庭を彼の先導で通り抜け、玄関のインターフォンを鳴らして帰宅を告げるとほどなく扉が開き、中から一人の女性が出迎えてくれた。
長い髪を首の後ろで一つに束ね、白いエプロンを身に着けた女性――千尋の母は二人を見るや、さぁ上がってと家へと招き上げてくれた。
「ずいぶん遅かったじゃないの……また一緒に道草してたんでしょう?」
傍目から見ても並以上に整った容姿を持つ千尋の母――頼子は玄関に座って靴を脱ぐ息子千尋に覆いかぶさるように立ちながらそう問うた。
往復30分もあれば済みそうなものを一体どうしてこんなに時間がかかったのか、と。
そんな自身の母の怒った姿に千尋もやれやれと身振りを交えながら、着替えの時間は考慮なしなのかと弁明を返して我先にと廊下を奥へと進んでいく。
息子のしょうもない言い訳に嘆息する頼子に、すみませんと一つ謝り、遅れた経緯を簡単に説明しておく。
「実はちょうど朝ごはんの時に来ちゃったもので片付けとかしたら時間かかっちゃったんです」
「げ、もう済ませちゃった? あんまりにも遅いから清奈ちゃんの分も作っちゃったのに」
あぁもう……と盛大に肩を落とした頼子に同情的な目を向けつつ、千尋と入れ替わるように廊下の奥から現れた男性に気づいて挨拶を交わす。
「叔父さん、おはようございます」
「あぁおはよう。あんまりウチの家内をいじめないでやっておくれよ」
――別にいじめようとしている訳ではないのにと思ったが、それは口に出さず、代わりにお互いにだけ分かるように、分かってますよと小さく口角を上げて微笑む。
感情豊かな頼子小母と落ち着いた物腰の大樹小父のおかげで早春の冷えているはずの朝も温かかった。



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あきゅろす。
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