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東方封魔伝
第1節一項

人は語る。
その日が全ての始まりであった、と。後にその出会いに感謝することになった、と。

人は語る。
その日が全ての終わりの原因であった、と。後にその出会いを呪うことになった、と。

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少女はその日、いつもより早く目覚めた。
窓の縁から差し込む陽の光はまだ少し弱く、また夜が明けたばかりなのだと告げるかのように遠くの山間から太陽がほんのわずかにその姿を覗かせている。
カーテンに遮られた朝日はベッドに淡い光を落とし、そして目が覚めた少女を照らす。これで遠くで鳥が鳴いていれば平和な田舎の原風景といったところなのだろうが、生憎と鳴っているのは彼女の異常に早い鼓動であり、そのせいでこんな早朝に目が覚めてしまったのだといえば長閑のどかとは言いがたいだろう。
寝返りを打って窓の傍に置かれた時計に目を向ければ時刻はまだ五時四十分。世界の隅っこであろうと精確に時間を伝える事を至上命題とした電波時計は決して嘘をつかない。すなわち、自分が寝ぼけているのでも時計の表示が間違っているのでもない。
――あぁ、せっかくぐっすり寝ていたのに。


自室から出た少女――名を雲井清奈という――は見るからに不満げだった。
今日はせっかくの休みであるというのに朝からひどい悪夢を見て起きるわ、起きたら起きたで汗びっしょりで寝覚めが悪いからだ。その上というべきか、春先でまだ朝方は冷える。ベッドから出ると急に寒さに襲われてこれもまた寝起きの頭にストレスを植えつけてくれた。
着替えを持って風呂場へ向かうと中で手早くシャワーを浴びて汗を流し、もやもやとした思考も一緒に体についた水滴と共に拭い取り、洗面台の前に座るとドライヤーをかける。
長い髪を乾かすのには時間がかかるため、毎朝風呂に入るたびにその日の予定を立てるのだが、今日は祝日という名の金曜日。本来ならあるはずの学校も今日はないのでこれといった今日の用事はない。そのせいかドライヤーをかける手もどこか手持ち無沙汰でついつい昨夜見た夢の事を考えてしまった。
昨日見た夢……はっきりとは覚えていないがひどく嫌な夢だったのは覚えている。寝る前にホラー小説を読んだからだろうか、たしかそれっぽいオバケみたいなものに襲われたような感じの夢だった。自分が“そういう”のに影響されやすい性質なのは分かっているが、人気の小説の新刊が手に入ったとなれば夜通し読みたくなってもしかたがないではないか。結局午前3時過ぎまでがんばって一冊読みきったのだが、その後は疲れからかストンと寝落ちてしまったところまでは思い出せる。
内心、またやってしまった、と思いながらも髪の毛を丁寧に乾かし、最後に風呂の栓を落として脱衣所を出た。

リビングに出るとそこには誰もいなかった。
それも当然といえば当然。時刻はまだ6時を回ったばかりというのもあるが、それ以前にこの家には“誰もいない”からだ。
母は8年前に事故で行方不明となり、おそらく他界している。唯一の肉親である父親は軍に身を置いているため今は遠く離れた基地にいる。きっと丁度今頃目を覚ましたんじゃないだろうか、と思うが家に帰っている時は朝が弱いし向こうでも弱いのではないかと思う。

そんな生活が始まってからこの方8年以上。母親がいなくなってからは毎日がこんな感じだ。
朝は一人。夜も一人。この広い家にずっと一人で暮らしている。
最低限の家事は父親と、その友人の家族が仕込んでくれたおかげでこなせている。料理も相応には出来るので弁当もお手の物だし、苦手なのは洗濯ぐらいのものだ。こればっかりは晴れた日と雨の日で勝手が違うので面倒くさい。毎日が晴れてくれればいいのに、となれない頃は思ったのも今では懐かしい。
リビングの窓から見える天気は晴れ。今日の洗濯は幾分楽そうだ。
――もっとも、溜め込んだ洗濯物の関係で楽にはいかないだろうが。


夜中の内に回しておいた洗濯機から濡れた洗濯物をカゴに入れて庭に運び、慣れた手つきで干していく。
スペースを取るタオル類を最初に洗濯棒に広げ、次にハンガーにかけた衣類。下着やハンカチといった細々とした物はまとめて小物干しに吊るして棒に引っ掛ける。幾度となく繰り返してきた手順であり、ここまでは慣れたものだ。 今日は週末溜め込んでしまった衣類のおかげで時間を食ってしまったが、それでも15分で3日分を干せたとあらば上々の出来栄えだろう。

夜更かしをした上に早朝から働けば腹も空く。
そんなわけでまだ朝食の時間には早いが簡単な食事を作って朝ごはんとした。
今日の献立はささっと食べてしまいたかったこともあってか、目玉焼き・ソーセージを中心に味噌汁とご飯。漬物には野沢菜を用意した。ソーセージは昨晩の食事に作った際の余りものであるため手間がかからず、実際に調理らしい調理をしたのは目玉焼きだけだろう――厳密にはこれすらも調理といえるか怪しいが。
見た目だけならどこかの定食屋でも出てきそうな朝食に我ながら舌鼓を打ち、今日の出来を堪能しているとピンポーンと軽快な音がリビングに響き渡った。音の元を辿ればリビングに備え付けられたインターフォンからであるようで、どうやら来客があるようだ。食事の手を止めて応答を返す。
「おはよう!」
「あら、おはよう千尋」
早朝にも関わらず朝からの来客はどうやら彼女の知人であり、クラスメイトでもある幼馴染の男――常田千尋だったようだ。
「なぁ、まだ朝飯は食ってないだろ? これから母さんが作るんだけどウチで食わないか?」
「あ、丁度今食べてたところなんだけど」
――なんとも運が悪い。彼の運の悪さはあげればキリがないぐらいなのだが、それにしてもまさか食べている最中に食事のお誘いだったとは。もはや運が悪いというか間が悪い。
とはいえ、幼い頃からお世話になっている家族であり、実を言えば家事全般を仕込んでくれた父の友人一家とは常田家だ。このまま無下にするのも忍びないので――
「ごめんね、今日は早く起きちゃったからご飯作っちゃったんだ。代わりにさ、食べたら遊び行ってもいいかな?」
「なら上がって待っててもいいか? その方がきっと手間少ないだろ」
間が悪くても彼の図太い神経は同時に愛嬌でもある。彼のそんな態度に若干苦笑しながらも、了承を告げてから玄関の鍵を開け彼を出迎える。
そのまま彼を伴ってリビングに入ると食事の匂いに惹かれてか、ぐぅと彼の腹の虫が鳴った。あっと小さな声を上げて照れる彼にこちらもクスリと小さく微笑み、皿の上からそれとなくソーセージを一つまみ彼に差し出す。
「はい、おやつ」
「俺はガキか!」
怒鳴りながらもぱくりと食べる姿はまさしく子供のそれであり、その光景が自分でもよほどおかしかったのか彼もまた我慢できずに笑っていた。

途中から賑やかとなった食事を終えると、千尋にリビングで待つように伝えて自室に上がった。
食器の大半は流しにおいてあるので帰ってきてから洗えば済むので、外出のために着替えに戻ったのだ。お互いに見知った間柄の家とはいえ、流石に部屋着で行くのは常識的に憚られる。
数分で着替えて戻ってきた彼女の格好に階下で待っていた千尋は、またか……、といわんばかりにため息をついた。
彼がため息をついた格好とは、上はラフなシャツにパーカー、それに合わせるように下は少し色の落ちたジーンズという風貌であり、およそ女子が好んで着るような格好ではない。
特に、それが高校生ともなれば。
「もう昔からの付き合いだからダメとは言わないけどさ、それ男の格好だよ?」
「そうは言ってもこれが楽なんだもん」
「もうちょっと女の子らしい服装にはならんのか、あんた」
若干刺々しい口調の千尋に対して、あはは……と苦笑いを返すがその言いようも否定は出来ない。
昨日今日ぐらいならともかく、会う度にこのような格好をされたのでは性別を間違えているのではないかと言いたくなってくるのだから。
それでも間違えないのは、彼女の女性らしさが各所に出ているからである。というよりも、パーカー越しにもわかる胸の膨らみと顔の容姿で間違えられるはずがないからに過ぎないのだが――
千尋が思う清奈の欠点とは、すなわち彼女のファッションセンスの欠如だ。
おそらく服を見る機会が男との――つまるところ、千尋と彼女の父親との付き合いぐらいしかないものだからセンスが男性的になってしまっているのだろうが、素体モトは十分いいのだからもう少し“なり”に気を使ってもいいんじゃないだろうかというのが紛う事なき彼の本心だ。
身長は女子としては若干高いが160近くはあるので小柄な男子とは張り合えるぐらいの上背はあるし、足もすらっとして長い。全体的にバランスは取れているのだからもったいないと思わざるを得ない。
それに――胸もそれなりにあるんだから、せめて男物のシャツはやめてもうちょっと女らしい格好をしてほしいな……という幼馴染ゆえの心配も半分以上はある。
「ったく、まぁウチに来るのには困らないからいいけどさ」
もうちっと色々気ィ使えよ、とだけ言って千尋は先に家を出た。


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