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憑き神
校舎から些か遠い裏庭まで来ていたのは、其処が滅多に人が近寄らない場所だと知っているから。わざわざ木の上に上って昼寝をしていたのが、其処が風通しが良く心地好い睡眠が取れる場所だと知っているから。
…故に、この騒々しさは誤算だといえる。
「……」
自らが躰を横たえている下方で喧々と響く男のものとしてはやや甲高い声に、八重(やえ)はゆっくりと瞼を開けた。
木漏れ日に照らされて輝くのは、深い色をしたアメジスト。まだ眠気が消えないのか、微かに潤んだその色彩の上で、扇のような長い睫毛に縁取られた瞼が二、三度上下する。
聞く気も起きない程の下らない罵声はともかく、その無駄に甲高い声はただ不愉快だった。
下界で行われているらしい行為が何なのか、想像に易い。…が、興味は無い。
ただ、煩わしいから、不愉快だから。八重は軽く躰を捻り、軽やかに木の下へと降り立った。
「「――!!」」
「……、騒々しいぞ」
寝起きである為か少々掠れたその声は、肌に纏わりつくような艶があるもののヒヤリと冷たい。
顔を上げて見据えれば、予想通りの光景。一を取り囲む、小柄な雑魚と大柄な雑魚の群れ。
八重が面倒臭そうに微かにため息を吐いたのに、雑魚の群れがビクリと震える。
「し、白樺(しらかば)様……」
「去ね」
震える群れに、ただそう一言。
言って微かにアメジストの瞳を細めれば、脆弱な群れは竦み上がった。
ただ、見据えられているだけ。たったそれだけなのに、冷や汗が、震えが止まらない。
ガタガタと震えるだけの群れに、八重は至極億劫そうな仕草で首を振った。
「聞こえなかったか? 私は去ねと言ったのだが」
「ッ、は、はいっ…!」
中心に立っていた小柄な鼠が引き連れた声で叫び、群れは散り散りに逃げて行く。
ただ一匹残ったのは、群れに囲まれていた“餌”のみ。
「…あ、アンタは…」
「貴様もだ。早く此処から去ね」
群れのうちの一匹だろうが“餌”だろうが、八重にとっては同じ事。
場を荒らした相手に、八重は先程と同じく冷めた視線を向ける。
ビクリと強張る“餌”の背。…だが、群れのように無様なまでの震えはない。八重は微かに瞳を細めた。
「ほう? 多少は耐性があるのか。流石に生徒会の[アヤシ]共がこぞって狙うだけはあるのだな」
「え、な……」
まぁ、私にとっては取るに足らぬモノには変わりないが。
口の中で小さく呟いて微かに嗤う八重に、“餌”は小さく背を震わせる。
ただ、視線を注がれている。たったそれだけの事で、足が竦む程の威圧感を感じるのは、何故だ。
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