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「紗英(さえ)!」
校舎の方から駆け込んできた集団に、八重はゆるりと振り返る。
“餌”を迎えにきた[妖憑き]の者たちを、感情の無いアメジストで見やった。
八重の姿を見止めた[妖憑き]――生徒会副会長以下の役員たちは、皆一様に足を止めて背を強ばらせる。
「白樺八重……! どうして、貴方が此処に……」
「どうしたもこうしたも、此処は私の居場所だ」
侵入者は其方の方だ。
今はさほどの威圧感を纏っていない八重に、何を勘違いしたのか[アヤシ]たちは声を震わせながらも言い募る。
「まさか紗英に何かしたんじゃないだろうね…!」
「紗英に目を付けたのは我々が先です。いくら貴方と言えど、我々の邪魔をするなら……!」
「は、何を莫迦な」
普段必要以上に関わる事の無い“格下”に敵扱いされた八重は、小さく嗤いながらバサリと言葉を切り捨てた。
[狐精憑き]、[猿精憑き]、[猪精憑き]、いずれも[蛇神憑き]たる八重の一睨みを耐えるには足らない。
「斯様なモノ、喰らったところで我等[神憑き]にとっては何の足しにもならぬ。時兎(ときと)かて、此に全く食指を動かさなかったろう? 私にとっても同じだ」
「っ…!」
ふ、と微かな嘲笑を艶やかな深紅の唇に載せた八重の傍らで、“餌”――転校生の紗英は瞳を見張る。
「[神憑き]…? 喰らう…?」
「紗英! ソイツの言葉に耳を傾けちゃ駄目!!」
[猿精憑き]――アレは確か生徒会会計だったか、不思議そうに呟く“餌”に必死に叫ぶ。
まるで、人の事をペテン師か何かのように言ってくれるものだ。甘言を吐きこの“餌”を騙しているのは、其方の方だろうに。
まぁ、良い。八重には関わりのない事だ。
「別に、お前たちが何をしようとしていようが、私の預かり知った事ではない」
言って、八重は踵を返す。
八重の存在から発せられる威圧感から解放された“餌”は、[狐精憑き]の生徒会副会長の腕の中に収まった。
“餌”。ヒトでありながら、ヒトざらぬモノを惹きつけるチカラを持った、哀れな子供。
八重にとっては、どうだっていい事だ。八重が気にするべき事は、たった一つ。
「……アヤシ共。時兎の手を煩わせるような真似だけは、するなよ?」
言って、高い木の上に再び飛び上る。木の下のアヤシたちと“餌”の事など、最早意識の外だ。
いつから其処に居たのか、始め八重が眠っていたその場所に、馴染んだ気配があった。
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