セントポーリア
7
「っ、峰岸君…! 今っ…、どうして…!?」
「……どうしてキスしたか?」
真っ赤になりながらとりあえず彼の腕の中から抜け出そうと身を捩るが、体格の良いソールの腕は外れない。
ごく近くで囁かれる彼の低い声に、びくりと肩が震える。
ゆっくりと、添えられたソールの指が詩織の紅い唇をなぞっていく。口付けの余韻を擦り込むようなそんな行為に、詩織は真っ赤になって首を振った。
「…俺がどうしてキスしたか、それは自分で考えて。ネ?」
「っ…」
愉悦を含んだその声と共に、捕らわれていた背中が解放される。
動揺しながらも数歩足を引いて、ソールから距離を取った。
…同性の生徒に触れている事に、嫌悪感を持った訳ではない。けれど、ただ訳も分からず怖かった。
「……あんまり大人を、からかわないで」
「…からかったと、思う?」
貴石のように澄んだターコイズブルーの瞳が、すっと細められる。
…無意識に口元に手をやりながら、詩織は訳も分からず首を振った。
イエスともノーとも、答える事は出来ない。ただ詩織としては、まだ年若い少年に“からかわれただけ”であって欲しかった。
(……そんなのは、ダメだ)
教師陣の中では年少だとはいえ、詩織も生徒たちからみれば十ばかり年嵩だ。
身体は大人に近付いていてもまだまだ子供な生徒たちを、教え導く立場。どこか抜けた性格だと言われる詩織も、一人の教師だ。
ぎゅっと胸の前で拳を握り締め、自分より上背の高い生徒を見上げる。
そんな事は、いけない。自分は教師だから。
そう告げようと詩織が唇を開く前に、彼の方が早く口を開いた。
「…立場に縛られた貴方の言葉なんか、聞かないよ」
「え……」
「俺が欲しいのは、答えだから」
雛形に沿ったお説教なんて、聞かない。
そう言ったソールは踵を返した。
彼の言動に戸惑う詩織は、結局は言おうとした自分の言葉ではない“お説教”を呑み込んで終わる。
書道室から出て行く背を追いかけようとして、畳と板の間の境目で足を止めた。
振り返ったソールは、いつものように悪戯っぽく唇を吊り上げ、詩織の胡桃の瞳を見返す。
「ちゃんと、貴方の言葉で考えておいて」
「……」
「それ、俺からセンセイへの“宿題”ね?」
「っ、峰岸君…!」
呼び止めようとしても、彼は詩織の伸ばした腕をさらりとかわして廊下へと出て行ってしまった。
数メートル程行ったところで振り返り、ひらひらと手を振る。
「また来るね。詩織センセイ」
「あ…」
止める間もなく、角を曲がった彼の姿は見えなくなる。
触れた珊瑚色の感触が残っている唇に指を添え、詩織はずるずると畳の上に膝を付いた。
「自分の答え、って……」
…そんなの、そう簡単に出せる筈もない。
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