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アットホーム・ラブライフ
23時のプリン

ワンライで書いたもの。ちょっとだけ未来の話。






「あ、プリンが食べたい」
「は?」

ごろりとベッドの上に寝転がりながらそう口にした年上の恋人に、スマートフォンをいじっていた雄飛は怪訝な声をあげて振り返った。

「ある? プリン」
「そんなピンポイントである訳ねえだろ……。てか、俺自分でそういうデザート系買わねえし」
「店だとケーキとか食うのにな」
「あんたが勧めてくるからだろ」

応えながら壁に掛けられた時計を見上げると、既に深夜と呼べる時間。しかし、24時間営業のコンビニならばやっているだろう。買いに行くか?、と雄飛が提案するよりも先に恋人、藤は立ち上がって先ほど雄飛がプリンなど無いと否定した冷蔵庫を開けていた。

「いや、だからないって……」
「お。ちゃんと卵と牛乳あるな、使っていいか?」
「は?」

牛乳パックを持って振り返る彼に、雄飛はまた怪訝な声をあげる。使っていいか。そんな事を訊いてくるという事は、まさかプリンを作るつもりなのだろうか。

「思ったより簡単に作れるんだぞ、プリンって」
「……、まだ俺何も言ってねえだろ」
「作るつもりなのかよ、って顔に書いてあった。……で、使ってもいい?」
「……ああ」

こて、と首を傾げる仕草は自分よりも一回りも年上の癖、その並外れた童顔のせいでやたらと可愛らしい。思わず斜めに逸らした雄飛の視線に、藤はクスリと笑う。
じゃあ早速、と卵を冷蔵庫から取り出し手慣れた仕草でボウル代わりのラーメンどんぶりに割り入れる。泡立て器、は先日藤自身が持ち込んだものがあるのでそれを使う。

「ホントは卵黄と卵白分けて、卵黄だけ使う方がいいんだけど、店に出す訳じゃないし卵白捨てるのももったいないから全卵使うな」
「……違いが分かんねえよ」

がしょがしょと卵をかき混ぜながら言う藤に、台所の入口までやってきてその作業を観察し始めた雄飛は渋い顔をする。所詮一人暮らしの若い男で、しかも年上の恋人がそれなりに料理上手なお陰で雄飛自身は料理のことなどさっぱりなのだ。仮にも自分の家の台所のはずなのに、自分よりも藤の方がよっぽど使い慣れた様子なのも何とも言えない。
細身に見えて案外力のある藤は、あっという間に黄身と白身を混ぜてしまった。それと平行して、小鍋を取り出すと牛乳を弱火にかけて温め始める。

「雄飛、砂糖取って。コーヒーに入れるヤツがあるだろ?」
「ん」

コーヒーカップとお揃いのシュガーポットを差し出すと、ざらざらと鍋で温められいる牛乳の中に投入される。今更ながら、彼が計りの類を使っていない事に気付き、雄飛は首を傾げる。

「目分量で大丈夫なのか?」
「大丈夫。プロ舐めんな」
「……いや、お菓子づくりのプロではないだろ、あんたは」

喫茶店のマスターで、コーヒーの淹れ方についてなら間違いなくプロと言えるだろうが、別に彼はパティシエという訳ではない。

「砂糖の量くらい、目分量で分かるし。雄飛好みの甘さはよく知ってるしな」
「……、俺に合わせるのか」
「ん? 食べたくない?」
「……いや、食べるけど」

こうやって、さらりと自分に合わせてくるところが狡いと思う。甘やかすのが得意な兄気質というか、……見た目は可愛いくせに。
そんな会話をしているうちに、藤は温めた牛乳とかき混ぜた卵とを少しずつ混ぜていく。何処の家の冷蔵庫にもありそうな材料なのに、これが自分も知っているプリンになるのか、とあまり詳しくない雄飛はまじまじと見つめる。

「……、開いたジャム瓶があったよな。あれ使うな」

牛乳と卵を混ぜた液を、いくつか貯めてあったガラスのジャム瓶に注いでいく。

「それを?」
「鍋で蒸し焼きにする。……それで完成」
「それだけ?」
「それだけ」

本当に、拍子抜けする程簡単な行程で終わってしまったようなので、雄飛はぱちりと瞳を瞬かせる。

「カラメルは面倒だったから作ってないけどな。……30分くらいかな。今のうちに使ったもの片づけちゃうから。カップ、リビングにあるなら持ってきて」

ついでに片づける、と言った藤に、ローテーブルの上に放置してあったカップを手渡す。いつもこうした家事をやって貰っていて悪いと思うが、彼は特に気にした様子はない。
それから、少しだけテレビを見たり雑談をしているうちに、台所から甘い匂いが漂ってくる。彼の言った通り30分が経つと、早速鍋から出来上がったプリンが取り出される。

「見た目はチープだけど、出来立て熱々だから」

はい、と笑顔でこちらに差し出す。最初にプリンが食べたい、なんて言い出したのは藤のくせに。スプーンと一緒に差し出された瓶は思ったよりも熱くて、慌ててテーブルの上に置いて熱を逃がす。

「猫舌だけじゃなくて、手も熱いの苦手なんだな」
「これは、平気な顔してる藤がおかしいだろ」

藤はからからと笑うが、こっちが普通の反応だと思う。
プリンカップ代わりの瓶の中身は、よく知ったクリーム色。蒸した時に出来たのか、ぷつぷつと小さな穴が開いているのが少し新鮮だ。既製品のプリンにはあまりない、手作りの質感と言うべきか。

「……いただきます」

こういう場合、雄飛の方が先に口をつけなければ藤はいつまで経っても自分の分を口にしない。それが分かっているから、雄飛は熱いのを承知でスプーンでクリーム色を掬って口に入れた。
はふ、と熱い吐息を吐き出す。思っていたよりも素朴な、けれど雄飛好みの甘さが舌の上に広がる。

「おいしい?」
「……おいしい」

本当に、好みの甘さを把握されてるのだな、とにこにこと笑う恋人の顔を見て思った。

「あんたが食べたい、って言ったくせに」

敵わない。こちらの応えを聞いてからやっと自分のスプーンを手にした藤に、雄飛は二口目を口にしながら小さく呟いた。
甘い。


15/6/13

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