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誰そ彼の鬼
20


「で、一体どうしたっていうんですかい」


何故かその場で綺麗に正座をした篠垣は、宵闇を見上げた。
鼻を鳴らした宵闇は、手を伸ばすとぐいと篠垣の胸元を掴んだ。


「貴様に、頼みたいことがある」

「……あっしに?」


不本意だ、と言いたげな顔をしながらそう告げた宵闇に、篠垣が驚いたように目を瞠った。
ぽかんと口を半開きにし、宵闇を見つめる。
やがて目を輝かせると、こくこくと何度も首を上下に振った。


「何でも言ってくだせぇ! 親分の一番子分のこの篠垣がやってみせまさあ!!」

「誰が親分だ誰が子分だ。コラ」


半眼で睨めつける宵闇にものともせず篠垣は有頂天気味に羽をはばたかせる。
生じる風がうざったい。

諦めが混じった息をはいた宵闇は、顎であらぬ方向を示してみせた。


「喧しい奴らがいる。そいつらを見て来い」

「喧しい奴ら、ですか…」

「お前の事だから聞き及んでいるだろう」


くしゃりと状況を理解出来ずにいる珀斗の頭を撫でる。
緩慢に一、二度瞬かせた篠垣は、ぽん、と左の手の平を右手で打った。


「なるほど、そういうことですかい!」

「頼めるか」

「合点承知!! おふこーすでさぁ!!」


珀斗の目が点になった。
宵闇の纏う空気がどんどんと冷たくなっていく。
いま、篠垣は、何と言ったのだろう。


「ありゃ? 親分、知りませんでした?」

「………」

「今のはですねえ、異国語でもちろん≠チて言うんすよ。そこの坊っちゃんは知ってるはずですぜ」

「………」

「親分、今の御時世、色んな事知ってなきゃあ駄目っすよ駄目駄目」


ここまで鈍いと、最早天晴れだ。
氷点下にまで達し吹雪まで吹くような雰囲気の中、篠垣の暢気な笑い声に怒りを通り越して呆れ果てる。


「じゃっ、早速あっしは行ってきますんで。なぁに、あっしにかかりゃあ一日で楽勝ですぜっ」

「…わかったら報告しろ」

「いえっさー!! あ、つまり了解ってことっす。では坊っちゃん、また」


宵闇に是を答え、最後に珀斗に向かってぺこりと会釈した篠垣は空高く飛び上がった。
沸き上がる風は、珀斗の髪を揺らし、宵闇の黒糸を翻す。

遠ざかるその影を見上げ、見えなくなったのち珀斗がぽつりと呟いた。


「なんか、腹立つな」

「そうだろう」


どこか疲れた顔で深く同意した宵闇は、ため息をはいた。

篠垣という妖怪は、どこか神経を逆撫でするような奴であった。
宵闇を親分と呼んだり己を子分と称したりなど、勘違いも甚だしい。

宵闇がうんざりとしていたのは、篠垣に会うのが億劫であったためである。


「ところで、何の頼み事してたんだ?」

「………帰るぞ」

「え、ちょっ、無視? 無視ですか」


珀斗の質問に、お前の為に偵察してもらっているとは言えず、宵闇は口をつぐんで下山を促した。

彼に付けた璽の効果はまだ続いている。
早く御役の家に帰った方が得策だ。


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