誰そ彼の鬼 9 昼時のためか数少ない飲食店はどこも賑わっていた。 その中の適当な店に入り、宵闇は食べないと言うので珀斗だけ昼食を済ませ、再び町中の散策を始める。 とりあえず珀斗も色々と細かいことは解らないので、本屋に入ることにする。 暫く居座って、その頃には宵闇は珀斗より物知りになっており、珀斗は思わず感嘆の息をはいた。 さすが妖怪と言うべきか。 瓶に水を移すが如く、すぐに何事も呑み込んでしまう。 そうしてぶらぶらと歩いていたところで、事件は起こった。 昼過ぎのためか、道路を闊歩する人が減って来ていた。 気温が上昇するのは昼過ぎ頃からと言われているからだろうか、どうやら家でじっとしている者が多いらしい。 確かに降り注ぐ日射しは眩しく、焼けるように熱い。 額に浮かぶ汗は止まることをしらない。 ぱたぱたと胸元を掴んで風を送った珀斗は、隣で立ち止まる宵闇をちらりと見上げた。 どうやら彼は遮断機に興味を示しているらしく、その眼差しはひたと線路側に向けられている。 宵闇は人型とはいえ鬼なので暑さを感じていないらしい。 が、珀斗は人間だ。 こんな炎天下で立っていることなんて出来ない。 そろりと宵闇から離れた珀斗は、すぐ近くの日陰に身を寄せた。 宵闇が興味を失ったら声をかければいい、と考えながら、日陰にいる涼しさに珀斗は伸びをした。 「───すみません」 不意にそう話しかけられ、珀斗は呼応しながら緩慢に後ろを振り返る。 途端、口から飛び出しそうになった悲鳴を咄嗟に呑み込んだ。 視界に映るのは、髑髏の頭部位。 ぽっかりと空いた眼光の奥が光ったような気がして、珀斗はじりじりと後退した。 澱んだ雰囲気に、戦慄が走る。 しまった。 茹だるような暑さのせいか、すっかり警戒心を怠っていた。 そう後悔するも、もうどうしようもない。 目に見えて怯える珀斗を、かたかたと骨を鳴らして髑髏は笑う。 纏っているものは暗く、重い。 これは良くないものだ。 直感的にそう感じとり、ごくりと緊張と恐怖に喉を上下させた珀斗は、唐突に駆け出そうと踵を返す。 その瞬間、有り得ないほどの力で引っ張られた。 目の前が真っ暗に染まる。 「っ!」 「珀斗!!」 刹那、名前を呼ばれ、腰に腕が回される。 ぐいと引き寄せるようにされると、掴んでいた骨の手が、珀斗の腕を離した。 後ろから抱き締める正体を認識し、震える吐息を吐き出す。 落ち着かせるように、絡む腕に力が込められた。 《去ね》 唸るような鋭い声が髑髏に突き刺さる。 僅かに怯んだ髑髏は、そのまま空中に溶けるようにしてその場から消えた。 そうして、気がついたら薄暗い世界で、珀斗は宵闇と共に地面に座り込んでいた。 「………ありがと、宵闇」 「いや……離れていた俺が悪い」 しりもちを着いたような体制の宵闇の脚の間で、腰に腕を回されへたり込んだような珀斗が、ぽつりと礼を口にした。 首を横に振った宵闇は、申し訳なさそうに苦々しげに答える。 咄嗟に本性に戻ったのだろう、頭部からは角が生え、瞳は宵色に染まっていた。 気遣うように顔を覗き込んで来た彼に問題ない旨を伝えた珀斗は、深く息を吸い込むと自己嫌悪にため息をはきだした。 油断するのではなかった。 全てはこの一言に尽きる。 己は人とは違うのだ。 摩訶不思議な存在を見る、見鬼なのだ。 「普通」の人ではなく、彼らの理屈が通用しない世界を視ている者。 慎重にならなければいけなかったのに。 気が抜けていたのだろうか。 宵闇から離れた、その隙を突かれてしまった。 [退][進] [戻る] |