誰そ彼の鬼 4 珀斗にとって、妖は非常に微妙な立ち居地にいる。 彼らが好きかと問われれば答えは否。 では嫌いかと問われても、否。 どちらとも言えない曖昧な存在。 ただ一つはっきりしているのは、なるべく関わりたくない、ということだ。 現時点で、これは最早意味を成してはいないが。 それでも必要以上の接触は避けたかった。 「そんなに気落ちした顔をするな」 あまりの珀斗の落ち込みように、宵闇が苦笑しながは珀斗に手を伸ばす。 くしゃりと柔らかい髪を優しく掻き撫ぜ、目許を和ませた。 突拍子のない宵闇のその行動に、珀斗は驚いたように目を瞠る。 「お前が危険な目に遭わないために、俺がいるんだ」 「………ん」 穏やかな声色と慈しむようなその手つきに、珀斗はこくりと頷いた。 確かに、宵闇が珀斗に害を為すことはないだろう。 今日出逢ったばかりだが、全身から感じる彼の雰囲気が、珀斗をそう思わせた。 宵闇の傍は気を張り詰める必要がなく、ひどく落ち着くのだ。 「…俺は、どうすればいい」 ちらりと上目遣いで宵闇を見上げる。 一瞬動きを止めた宵闇は、次いで珀斗の頭から手を離した。 「次の満月の夜、百鬼夜行に混ざって天珠香を採りに行く」 「採った天珠香はどうすんだ?」 「稲荷に捧げる」 稲荷。 狐の神のことだ。 だがこの近くには稲荷神社はどこにもない。 どこの稲荷に捧げろというのだろう。 珀斗のその疑問を読み取ったのか、宵闇は答えを紡いだ。 「稲荷、といっても、正体はただの山神だ。本性が狐だから、俺たちはそう呼んでいる」 「……つまり、採った天珠香を山神に捧げるってこと?」 「ああ」 あっさりと答える宵闇に、しかし珀斗はこめかみを押さえた。 これならまだ神社の神の方がましだ。 山神など、相手が大きすぎる。 絶対に己の手には負えないだろう。 なんだか目眩がするのは気のせいだろうか。 「珀斗、ごはんですよー」 不意に階下から秋乃の声が響く。 はっとしながらも、珀斗は大きな声で答えを返した。 「いけ、珀斗」 「…でも」 「お前が戻ってくるまでここにいるさ。説明もまだ途中だしな」 数拍ほど逡巡した珀斗は、胡乱げに宵闇を見上げたのち、重い腰を上げて立ち上がった。 障子に手をかけ半分ほど開けたところで振り返ると、ぴしっと宵闇を指差しする。 「ちゃんと待ってろよ」 そう告げると、珀斗は部屋を出ていった。 階段を降りる足音が遠ざかっていく。 ひとり残された宵闇は、瞬きを繰り返すと小さく吹き出した。 「まったく…本当に、面白い」 まるで「待て」を強要する主人のような珀斗に、自然と唇は弧を描く。 さしずめ、己は主人の帰りを待つ犬、というところか。 「珀斗……か」 僅か十六の、澄んだ魂と優しき心を持つ、人の子。 宵闇はふと、思った。 この人間にならば、麾下に降ってもいいかもしれない。 [退][進] [戻る] |