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誰そ彼の鬼
3


閉ざされた瞼がゆっくりと上がる。
現れた宵の瞳に、知らず珀斗の心臓が一つ、高鳴った。

宵闇は珀斗を視界に映すと、片膝を着いて目線を合わせた。



「呼んだか。我が主」



玲瓏と響く声音に、反射的に珀斗は小さく声をこぼした。
秀麗なかんばせに至近距離で見つめられるという慣れぬ出来事のためか、狼狽した様子を見せる。

そんな珀斗の様子に笑みを滲ませた宵闇は、彼の目の前で片膝を立てて片胡座をかくと、目を細めた。



「あの、さ」

「お前の言いたいことは、わかっているさ」



話しかけた珀斗を、宵闇が遮る。
きょとんとする珀斗に宵闇は控えめながらもくつりと笑うと、その薄い唇から音を発した。

今さらになって気が付いたことなのだが、よくよく見れば、彼の口からは八重歯が小さく覗いていた。



「役目についてだろう。だがその前に、天珠香について話さなければならん」

「天珠香…」

「そうだ。多少は座敷童子から聞いたと思うが」



字はこうだ、と宙に向かって人差し指を走らせる。
宵闇の力なのか、動く指の軌跡を煙りのようなものが辿り、宙に文字を成していた。
最後まで書ききると、文字はひとりでに珀斗の方へ向きを変える。

目の前に現れた文字は、「天珠香」



「天珠、とは命の核となる珠のことから、単に天珠とも呼ぶ。百年に一度、御盆の夜に異界の地にて実る果実だ」

「……果物?」



ふっ、と溶けるように文字が消える。
宵闇の言葉にぽかんとしたように珀斗が呟いた。
その呟きに答えるよう、宵闇の首が上下する。



「そうだ。百年に一度しか実らない、大変貴重なものだ。それゆえ、妖怪どもがこぞって採ろうと百鬼夜行をするのさ」

「何でそんなに妖怪たちは天珠香を欲しがるんだ?」

「天珠香はその者にとって一番極上な、喰えば妖力を得られる、最上級の馳走だ。欲しがらぬわけがないだろう」



その実の形も大きさも味も、全ては収穫したもの次第。
この上ない美味なる、至上の果実。
それが、天珠香。

妖の中には、その実のおかげで生きている者も少なくない。



「特に最近は、大地の精気を取る妖はこの天珠香に頼っている」



澱み、そして徐々に減っていく精気に、天珠香を頼るほかなくなってしまったのだ。彼らは天珠香のおかげで生きながらえている。

原因は、人間の急成長、急発展のせい。

人間として痛いところを突かれ、珀斗は唇を噛み締めた。



「でもそんなに貴重なら、独り占めしようとかする妖怪がいるんじゃ…」

「天珠香自身には意思があってな。欲張って多く採ろうとするものには絶対に与えない」



二つ三つは採ることが出来ないし、また悪しき力を持つ者には例え夜行に参加していようとも、天珠香にたどり着くことはない。

必ず、ひとりにつき、実は一つ。
採れるは良き心を持つ者のみ。

それが遥か古からの決まり事。


そこでふと、珀斗はある考えに至った。
天珠香という果実。
まさか、それを己が取りにいくということはないのだろうか。
百鬼夜行に混ざって、異界の地に赴き。

いや、まさか。そんなはずは。
だがいまこの説明をするということは、そういうことしか考えられなくて。



「お前の役目は、天珠香の実を採り、稲荷に捧げることだ」



やはりか、と項垂れた珀斗に、彼の百面相を一部始終見届けていた宵闇が、含み笑いをもらした。




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